ARTISTS
土方巽
Tatsumi Hijikata
土方巽は1928年秋田県生まれの舞踏家。高校卒業後にモダン・ダンスを学び、舞踏家・大野一雄の初公演に衝撃を受け19歳の初上京を経て、24歳で上京。58年に土方巽を名乗り、59年に津田信敏近代舞踏学校、のちのアスベスト館を初訪問。ダンサーではなく、舞踏家として活動する契機となる。59年、影響を受けたジャン・ジュネの男色を主題とし、三島由紀夫の小説の題名を借用した「禁色」を発表。当時としてはセンセーショナルな内容のため、舞踊界に衝撃を与え物議をかもす。60年に初のリサイタルとなる「土方巽DANCE EXPERIENCEの会」を開催(第一生命ホール、東京)。61年に暗黒舞踊派(のち舞踏)を結成。全身を白く塗った「危機に立つ肉体」をもって従来の舞踊を覆し、独特の舞踏を確立した。
その表現は三島由紀夫や澁澤龍彦から高く評価されたほか、写真家・細江英公やウィリアム・クラインらの被写体となり、また俳優として寺山修司演出の舞台に立つなど様々な分野の第一線で活動する作家たちの作品に参加したほか、パリやロンドンなど欧州でも公演を行った。86年没。98年に慶應義塾大学アート・センターに「土方巽アーカイヴ」が設立された。
その表現は三島由紀夫や澁澤龍彦から高く評価されたほか、写真家・細江英公やウィリアム・クラインらの被写体となり、また俳優として寺山修司演出の舞台に立つなど様々な分野の第一線で活動する作家たちの作品に参加したほか、パリやロンドンなど欧州でも公演を行った。86年没。98年に慶應義塾大学アート・センターに「土方巽アーカイヴ」が設立された。