A-POC ABLE ISSEY MIYAKEより、写真家の西野壮平と協働した「TYPE-VI Sohei Nishino project」が6月15日に発売される。西野の《Diorama Map Tokyo》(2014)と《Diorama Map Kyoto》をジャカード織機で織りあげ、「一枚の布」を制作。《Diorama Map Tokyo》は大きなポケットを施したステンカラーコートに、《Diorama Map Kyoto》は、5ポケット仕様のパンツとバケットハットになった。
旅をし、そこでスナップした写真を組み合わせて巨大な1枚の都市像をかたちにする西野の「Diorama Map」シリーズは、やはり旅から多くのものを吸収し、旅するプロセスとものづくりを重ねて考える宮前義之を大きく刺激した。Bunkamura ザ・ミュージアムで開催された「東京好奇心 2020 渋谷」で西野の作品と出会い、強い印象を持ったという宮前に、西野と協働するに至った経緯から話を聞いた。
「1枚の布」に共通する作品/ものづくり
──「東京好奇心2020展」で西野さんの作品をご覧になって、実際に作品から服をつくるアイデアへとどのような展開があったのでしょうか。
宮前義之(以下、宮前) Bunkamura ザ・ミュージアムで作品を拝見したのが、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEを立ち上げる準備段階だったのですが、最初は純粋に作品の印象が強く残ったものの、具体的に一緒に何かをやるイメージはありませんでした。おそらく僕は以前からものをつくるプロセス、そこに費やす時間を大事にしてきたので、西野さんの作品から都市を歩いて膨大な量の撮影をして、それをつなぎ合わせていくプロセスを想像して感覚的に惹かれたのだと思います。それから西野さんが品川のキャノンのギャラリーで展覧会を開催されているのを知って、会場に伺ったらちょうど西野さんがいらっしゃったので、そこで初めてご挨拶させていただきました。どう惹かれているのかを言語化できていたわけではなかったかもしれません。
西野壮平(以下、西野) 最初は挨拶程度だったと思いますが、作品を楽しんでいただいたようで、宮前さんから興奮の熱量が伝わってくるのは感じました(笑)。
宮前 自分たちの服づくりではプロセスを大事にしていきたいと思っているので、自分たちとは違う世界で、ものづくりのプロセスに向き合っている人たちとご一緒することができれば、自分たちだけでは見えなかった世界に到達できるのではないかと考えています。そう考えたときに、勝手に僕のなかで一緒に制作をしたい人のリストに西野さんが入っていたんです。
──A-POCは「A Piece Of Cloth」の略。つまり、「一枚の布」が基本のコンセプトです。その布づくりをどのように行うかということからスタートして、身にまとうことで完成する服づくりを行うということが、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEとしてのブランドの核にあります。完成する服をイメージして、そこに向かう最短の道を探るのではなく、布づくりをするプロセスを経て、そこから生まれる服のかたちが立ち上がってくるようなイメージですね。では、西野さんの「Diorama Map」シリーズは、どのような動機でスタートし、制作方法が固まってきたのでしょうか。
西野 始まりは、「歩く」というところにあります。高校のときに四国のお遍路に出て八十八ヶ所巡りをしたのですが、そのときはカメラとテントと寝袋だけを持って歩く旅の経験をしました。写真を撮りながら歩いていると、自分が動くことで風景がどんどん変わっていくことが面白いと感じて、大学では写真を勉強しようと思いました。
もともと写真よりも絵を描くことのほうが好きだったのですが、その旅がきっかけで写真を本格的にやりたい気持ちが生まれました。学生時代に写真を勉強しながら、大阪で高い場所から街を見下ろして撮影し、それをポストカードぐらいのサイズにして貼り合わせてコラージュする感覚で絵づくりをしたのですが、そうすると自分の地図をつくっている感覚を得られます。その手法を展開しようと考えて「Diorama Map」のシリーズに至りました。デッサンや絵が好きだったので、写真を使って絵を描いているような感覚もあります。
──「歩く」から始まり、撮影、コラージュというプロセスを経て作品が完成するわけですね。最終的なヴィジュアルのイメージはどのように決まるのでしょうか。
西野 いままでに色々な街で制作をしましたが、1ヶ月〜1ヶ月半ぐらいその街をとにかく歩き回り、気になったものを撮影していくのですが、最終的なアウトプットのイメージがあるわけではありません。出会ったものにカメラを向けて歩き回り、撮った写真をすべて使うんですけど、すべての写真を貼り合わせると、当然歪なかたちになりますよね。何を見たか、どこを歩いたか、何を経験したか、あるエリアが大きくなることもありますし、自分の記憶の地図を描くような感覚で作品をかたちにしていきます。記憶の断片が再構築されていくようなイメージですね。
宮前 膨大な量の写真を組み合わせた1枚の作品には、西野さんの記憶がたくさん含まれていて、時間の積層がありますよね。そうした西野さんの作品を鑑賞すると、自分のその街の記憶を結びつけて解釈することができて、それは言い換えると作品と鑑賞者のコミュニケーションだと思います。そこに自分たちがものづくりにおいて考えるコミュニケーションのあり方との親和性を感じますし、それともうひとつ、ものづくりのプロセスを設計することで作品をかたちにするという方法においても、非常に近いものを感じました。自分たちの服づくりに西野さんの作品が入ってくることで、また新しいコミュニケーションが生まれると想像したので、ご一緒したい思いが強くなっていきました。
西野 宮前さんとお話しをするなかで、プロセスを愛でているところにすごく共感しました。服に僕の作品をプリントするという単純なプロセスで協働するのではなく、一枚の布づくりをすることから始めるわけですから、工程も時間もすごくかかりますよね。僕の場合も、歩くことから始まって、写真を撮り、それを現像して、暗室でプリントして膨大なコンタクトシートを1枚ずつカットして、それを半年ぐらいかけて貼り終えて、最終的にそれを撮影して1枚の作品に仕上げるのですが、最近その作業のプロセスを、一枚の布を記憶の糸で縫い上げるようなものだと考えることがあったんですね。自分が歩いた軌跡を1本の線ととらえて、それが1本の糸となって編み込まれて布ができるようなイメージを持っていたので、宮前さんが考えるものづくりとすごく合致するような感覚がありました。
こだわりの素材で作品の細部までを再現する
──実際に生地を拝見すると、白と黒の糸ですごく高い再現性を持って西野さんの作品が一枚の布になっています。どのように織りを設計されたのでしょうか。
宮前 例えば、壁に飾るための布をつくるのだとしたら、リアルに再現することがそれほど難しくはありません。やはり服にするためのハードルというのがあるわけです。作品の白いハイライトの部分を表現するために、飾るための布であれば白い糸を思い切って飛ばすこともできますが、服にするとなると、そこが引っかかってしまったり、縮みやすくなったりします。最終的に生活のなかで着られる服でなければつくる意味がありませんし、それこそ西野さんの旅においてもタフに扱っていただきたいので、クリアする課題がいくつも出てきます。
旅で着るコートであれば、着脱しやすくて、脱いだときに軽くて持ち運びやすいもののほうがいいですよね。ポケットもあったほうがいいよねとか、チームで話し合い、西野さんからもヒアリングしながら服のかたちを考えていくわけです。今回は、最終的に横糸の白い糸に紙製のものを使ったのですが、とにかく軽くて丈夫にすることがキーだと考えたので、もっとも細く丈夫につくられている紙の糸を用いて、素材として快適であり、西野さんの作品の細かい描写も出せるかどうかテストを重ねました。
──強さ、軽さ、白さという条件に適う素材として紙の糸を選び、ポリエステルの黒い糸と組み合わせるテストを行ったのですね。
宮前 素材選びで難しいのは、作品を鮮明に出そうと思うと、すごくファインな糸を使えばデリケートになってしまうし、ラフな糸ですと、解像度が上がりません。あまり解像度が低ければ、それこそ「プリントでいいじゃないか」となりますし、西野さんとご一緒する意味すらなくなってしまいます。今回は紙の糸をどう使うか、それで再現性と強度を高められないか、という部分に粘った意味があったと思っています。
──コートについては、リバーシブルで両面に作品が表現されています。
宮前 西野さんの作品の縦横比が決まっていますから、当然ですが、そこを僕たちが変えるわけにはいきませんよね(笑)。西野さんの旅の記憶を勝手に捨てることになってしまいますから。そこでできる限り作品の全面を見せるために、まず、織機の設定で生地の横幅が180cmと決まっているので、そこに作品を載せて、縦がどのくらいのサイズになるかを測りました。旅先で着られるコートというテーマを西野さんの作品でかたちにできるか、パターンを考えていくわけです。どの程度のポケットをつくれるか、余白を減らすために丈をどのぐらいにするか、など様々な条件に合わせて服のアウトラインを決めていくそのプロセスが大変なんですけど、面白いんですよ。また素材の表裏は織りによって作品がネガポジの表現になっていて、コートはリバーシブルで楽しめるように仕立てました。
──そのプロセスを経て、本当に西野さんとA-POC ABLE ISSEY MIYAKEと協働した意義が明確化していくのですね。西野さんは最初に生地をご覧になって、どういう印象をもたれましたか。
西野 感動しましたね。宮前さんからお話しを伺って、試作段階でも何度か拝見していたのですが、自分の写真がどういう風に生地になっていくか、正直なところ不安な部分もありました。最初は水のなかに入っている自分の写真を見ているような感じだったのが、徐々にぼやけたものがクリアになっていくというか、水から上がってきてシャープになっていく様子を工場で見学しながら如実に見えてきて、そのプロセスをすごいと感じました。
距離、動きにより楽しみ方が変わる
──今回のコートは2014年バージョンの《Diorama Map Tokyo》がモチーフですが、東京では2004年バージョンも制作されています。どのような意図で10年を経て東京で再制作されたのですか。
西野 2004年当時は関西に住んでいて、東京を観光者の目線で見ていました。シンボリックなものが多かったし、ひとりで高いところに上って撮影した1500枚ぐらいの写真で制作しました。2014年には東京に住んでいたので少し目線が変わってきて、お祭りや出来事で人をスナップしたものがどんどん入ってきましたし、ストリートでのスナップや、カヌーにも乗るので、浅草あたりの小さな川から見上げたような写真も入ってきました。2004年の作品のほうが高いところからの視点で統一された印象で、2014年バージョンは、視点のばらつきがあって歪さが出てきたと思います。
──それこそ、西野さんの旅のかたち、街の歩き方の変化が作風に反映されているんですね。
西野 それに東京は移り変わりの早い街ですから、10年も経てば見える景色もだいぶ違います。最近は街のシリーズはあまりつくっていませんが、東京は定点観測的に続けたいと思っているので、ちょうどキリよく来年は2024年で前回から10年なので、またつくれたらどういうものになるかなというのは楽しみでもありますね。
宮前 西野さんの考え方、視点の動き方というのが見えてくるから面白いですよね。僕は西野さんの作品でもとくに東京のものが好きで、というのが、ニューヨークやパリはかっこいい街だとは思います。どこを切り取っても統一された特徴が出てきます。でも東京は、すごくカオスな街で、そのカオスを西野さんがどういう視点でとらえているのかが見えてきて、東京にはこういう側面があったんだと気付かされるところにもすごく惹かれます。
西野 僕の作品は距離によって見え方が変わると思うので、離れてみると俯瞰した地図のように見えて、近づくと1枚ずつの小さな街のイメージがクローズアップされる、それが服になって、着た人が街を歩いた時にはどう見えるんだろう、というのにはすごく興味がありますね。遠くから見るとモノクロの衣装なんだけど、近づくと、記憶の断片の集積みたいなものが見えるのかなとか。
宮前 たしかに、このコートを着た人を遠くから見ても、街の姿がわからないと思うんですね。インディゴの絞り染めやムラ染めみたいな感じにも見えるかもしれないし、それが近づいていくと、バラバラのピースが集積された地図のように見えて、街が浮かび上がってくる。作品との距離で見え方が変わるのに加えて、着て動くことでさらに変化が生まれます。
未知へのチャレンジ精神
──西野さんにとってはおそらく、旅そのものが作品制作のプロセスに組み込まれているのだと思いますが、宮前さんも各地を旅されてきて、創作と旅の関係をどのようにお考えですか。
宮前 僕も旅がすごく好きで、10代の頃からアマゾンに行ったり、アジアやヨーロッパをバックパックで旅したりしてきましたが、最初の目的地やこういうことをしようというのを決めたら、あとはできるだけ計画を立てず、ニュートラルに動けるように旅するのが好きなんですね。なぜかというと、ガイドブックなどを見て行き先をすべて決めてしまうと、確認しにいく作業になってしまいますよね。それはそれで楽しいかもしれませんが、やはり予想しなかったものと出会える瞬間に興奮や感動があると思うので、それはものづくりでも同じじゃないかと考えています。
こういうものをつくる、と決めて、要素を並べていってかたちにした仕事は、やはり面白みに欠けます。自分の知っている範囲で進んで、完結してしまいますから。自分の頭のなかを確認する作業ですよね。そうではなく、多少遠回りをしてでも、自分たちのチームと考え方を共有できて、でも異なる世界でものづくりに携わっている人から刺激を受けて、最終的に自分たちが予想していなかったものが生まれたときに達成感が生まれますから。今回西野さんとご一緒できてたくさん刺激をいただきましたし、そういう意味で、旅とものづくりの原動力は、すごく似たものがあるんだと考えています。
西野 僕も宮前さんからすごく刺激を受けました。作品のアウトプットのかたちをこれまでは写真や紙の平面で考えていましたが、動くことによって見え方がどう変わるかと考えるようになり、自分の作品にも新しいかたちが生まれるんじゃないかという思いがあります。
※A-POC ABLE ISSEY MIYAKE / KYOTOとISSEY MIYAK GINZA / 442では、西野氏の世界観を楽しめる作品の特別展示を行います。会期は6月15日〜7月31日になります。