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櫛野展正連載:アウトサイドの隣人たち ①妄想スクラップ職人

ヤンキー文化や死刑囚による絵画など、美術の「正史」から外れた表現活動を取り上げ続け、11月には新たにギャラリー兼イベントスペース「クシノテラス」を立ち上げた櫛野展正による連載。2015年12月13日をもって自主企画展開催を終了したアール・ブリュット美術館、鞆の津ミュージアム(広島)のキュレーターとしても知られる櫛野が、「表現の根源に迫る」人間たちを紹介します。

クシノテラスやミュージアムに関する記事も多いスクラップブック。これまで誰にも見せることがなかったそうだ

櫛野展正連載:アウトサイドの隣人たち ①妄想スクラップ職人・遠藤文裕

ノートというより、もはやオブジェだ。最近は保存性の高いツバメノートを愛用している

高知、名古屋、神奈川、北海道、福岡と全国のいろいろな場所で話をする機会をいただくのだが、いつも会場の最前列で目にする男性がいる。福岡からやって来たというその人と何度かやり取りをしているうちに、分厚いノートの束を見せてくれるようになった。

1冊のノートの厚みは約7センチ。中身は、ごく個人的な内容のスクラップブックなのだが、実際に見た展覧会や映画のチラシ、そしてその土地までの旅行券から旅先で食べた食事のレシートに至るまで、さまざまな紙ものがちょうど見開きページに1テーマが収まるようにコラージュされている。スクラップブックを眺めていると、どこで何を食べたとか何を買っただとかの個人情報が記録されているので、覗き見ることを思わず躊躇してしまうが、全国各地の美術館をたくさん訪れていることがわかる(最近は、恥ずかしながら僕の記事や写真も多いのだが)。そしてノートの断面に目をやると、各ページの色彩が等高線のように豊かな層をなしており、美しい。表紙をめくったページにはノートを購入したレシートも貼り付けられている。日付はちょうど1年前。およそ1年に1冊ずつこのスクラップブックは生まれているようだ。

最近は僕を追いかけ続けてくれている遠藤さん。「障害(仮)」展には、福岡から合計3回も足を運んでくれた

作者は、福岡在住の遠藤文裕さん。昭和47年生まれの43歳だ。福島県会津地方の北部に位置する喜多方市で生まれた遠藤さんは、父親の転勤で幼稚園から浪人時代までを仙台で過ごした。小さいころから、児童文学を読んだりイラストを描いたりと典型的な文系少年だったが、親の勧めで、二浪の末に就職に有利な青山学院大学経済学部へ入学。入学しても経済に興味は湧かず、映画サークルに所属し映画の世界に没頭する。ただ、まったくと言っていいほど映画はつくっていなかったそうだ。

卒業後は地元の一部上場企業の医薬品卸会社に勤務。就職活動のときから「自分はサラリーマンには向いていない」と感じていたという。それでも県内で何回かの転勤を繰り返し、7年間勤務。当時は運転に不慣れだったためよく事故を起こしていたことと、医薬品のみを扱う会社の成長に疑問を持ち、将来性に不安を感じたため郊外型総合販売店チェーンに転職。入社して3年目には、人生の伴侶を得る。

「当時夜勤のパート職員だった子が自分のことを気に入ってくれたんですけど、結婚してみたらとんでもない鬼嫁でした。いつも喧嘩して家へ入れてもらえなくて、会社の駐車場で寝てたら警察官に懐中電灯で顔を照らされて職務質問をよく受けたんで、今度は公園で寝たらそこでもやっぱり職務質問受けちゃって。ルックスは良かったけど厳しい人でしたね」と笑って語る。3年で離婚し、現在は福岡にある家賃2万9000円のアパート暮らし。部屋には冷蔵庫がないし、テレビはいまだにブラウン管。外出するときはブレーカーを落とすため、月の電気代が1000円に満たないのだとか。

関係ない事柄を結びつける遠藤さんの「関連妄想」は、まさに紙面の上のキュレーション

そんな遠藤さんが、誰にも見せることなく密かにスクラップブックをつくりはじめたのは、医薬品会社に勤めていたころからだ。お手本にしたのは、江戸川乱歩の『貼雑年譜』(1989)。特徴的なのは、自ら見聞したなかで記憶に留めたいものだけを「編集」しているということだ。映画『ビリギャル』(土井裕泰監督、2015)の背後には尾形光琳の《燕子花図屏風》(江戸時代、18世紀)が配置されるなど、スクラップブックには「関係ないことがくっつくのが面白い」という遠藤さんの一貫した姿勢が見事に表現されている。

「『ビリギャル』の2人が真面目に演技してるのを《燕子花図屏風》が台なしにしている。もちろんそんなことは自分しか知らないし、それが自分の中では滑稽なんですよね」と妄想は止まらない。なかには、文庫本のカバーが切り貼りされているものもある。カバーのなくなったその本は裸で保管しているようだが、それはまったく気にならないらしい。おそらく興味の幅が限局しているから、ここまで継続できているのだろう。

毎日のように「関連妄想」を記した長文メールも届く。このスクラップブックと併せて眺めるのが楽しい

たくさんの美術館巡りをしてきた遠藤さんが、鞆の津ミュージアムを知ったのは2015年に入ってからのこと。

「ウェブサイトで過去の展覧会を見ていたら、脳みそのいままで刺激されてないところを刺激された感じで、櫛野先生の審美眼がすごくて、もう感動のあふれる量がハンパないっていうか」と興奮気味に語る。自分自身のことを褒められるのは、どこかムズ痒いところがあるが、何より嬉しいのは、多様性のある人たちが生み出した表現を受け入れる寛容な受け皿が、美術通の遠藤さんにはあったことだ。

「自分思うんですけど、就職活動してるころからサラリーマン人生から逃げ出したいって思ってたし、でも脱サラするにも能力や才能もない。そんな心の裏返しでやってると思うんです」自らそう分析するように、満たされない現実を埋め合わせるためにスクラップブックの制作を始めたのかもしれない。それがいつの間にか、スクラップ制作のための生活に主客転倒してしまったのではないだろうか。いまや10冊近いスクラップブックは、遠藤さんの人生の軌跡でもある。自らタグ付けした事物を関連付けることで、これまで脳内でさまざまな物語を紡ぎだし、自分だけの世界に陶酔してきた。そうした関連妄想の積み重ねが、このノートの分厚さや重さとなって僕を刺激する。思い立ったら、どこにでも自ら足を運び、頭ではなくまず手を動かすことが大切なんだ、と。誰に見せるわけでもなく生産性もまったくない、極上の編集が加えられたノートは、いまや彼にとって最先端のメディアとなっている。そして、この原稿もそのノートの血肉となることを祈っている。

PROFILE

くしの・のぶまさ キュレーター。アール・ブリュット美術館、鞆の津ミュージアムでキュレーターを務める。2015年12月13日まで開催された同館最後の企画展「障害(仮)」では、「障害者」と健常者の境界について問題提起した。2015年11月、個人プロジェクト「クシノテラス」を開始し、トークイベントなどを行っている。

クシノテラスを応援しよう!

櫛野展正の新プロジェクト「クシノテラス」では現在、ギャラリーの修築や展覧会経費のためのクラウドファンディングを実施中。1000円から支援が可能で、リターンとしてアウトサイダー・アーティストたちの作品が進呈されます。下の画像から、特設ページにアクセスできます。

編集部

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