短期集中連載:ミュージアムの終活(または再生)(終) トリアージ(峻別)されゆくミュージアム

新型コロナウイルスのパンデミックによって大きな影響を受けるミュージアム。経済的な危機だけでなく、制度的な限界など、ミュージアムを取り巻く現状と課題について、国立美術館理事の経験を持つ文化政策研究者/同志社大学教授の太下義之が考察する。

文=太下義之

イメージ画像 (C)Unsplush
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 「日本の博物館総合調査研究:平成27年度報告書:平成25~27年度科学研究費助成事業基盤研究(B)」にて、博物館の主たる建物の建築時期をみると、1990年代は678館となっており、全体の3割を占めている。日本のミュージアムの建築時期として最も多いのが、90年代なのである。

 どうして90年代にミュージアムがこれほど多数整備されたのであろうか。じつは、ミュージアムだけではなく、90年代には極めて多数の公立文化施設(劇場・音楽堂等)も整備されているのである。それは、文化振興が真の理由ではなく、もともとは日米構造協議を契機とする内需拡大に理由があった。そのため、地方債に大きなインセンティブが付与され、国からの強い働きかけもあって地方債が多額に発行されて、その地方債を活用して地方自治体によって箱物が多数整備されたのである。換言すると、文化政策とは直接関係の無いメカニズムによって文化施設が大量に整備されるという大きな転換を、日本の文化政策は90年代に迎えたことになる(太下2019)。

 整備された理由はともあれ、これらのミュージアムは建設から30年が経過し、概ね2020年代に設備等の大規模改修、さらには建替や改築等の更新時期を一斉に迎えることとなる。以下の表の通り、東京都が設置した美術館の改修実績を見ると、開館から概ね20年で大規模改修を実施している。また、竣工から35年が経過した東京都美術館の改修は、当初の建築費の倍以上の整備費となっている。もっとも、東京都の予算は特別会計などを合わせるとノルウェー1国に匹敵する規模であり、特別に裕福な自治体だから、こうしたミュージアムの改修を順調に実施できたという点に留意が必要であろう。

東京都が設置した美術館の改修実績 (注)東京都写真美術館の建物はサッポロビール株式会社からの寄贈 各種資料より筆者作成

 総務省『地方財政の状況』を見ると、「地方財政は依然として厳しい状況にあり、各地方公共団体において、所有している全ての公共施設等の維持補修・更新に係る財源を確保していくことは、一層困難となるおそれがある」(総務省2020:196)と指摘されている。そして、「人口減少や少子高齢化等により、公共施設等の利用需要が変化していくことが見込まれるため、各地方公共団体は、地域における公共施設等の最適配置の実現に向けて取り組んでいく必要がある」(ibid.)とされている。この「公共施設等の最適配置」とは、実に耳障りのよい優美な表現であるが、これは何を意味しているのであろうか。

 それを解明するヒントは、文部科学省が設置した国立大学法人等施設の長寿命化に向けたライフサイクルの最適化に関する検討会の『国立大学法人等施設の長寿命化に向けて』と題した報告書にある。同報告書によると、大学施設に関して、施設の現状、将来にわたる施設整備や維持管理に係る費用、財政状況の見通し等を踏まえ、「長期的に必要となる施設と将来的に不要となる施設を峻別する等、保有施設の総量の最適化を図り、真に必要性の高いものから重点的に施設整備や維持管理を行うことが必要」(文部科学省2019:11)との方針が出されている。すなわち、「将来的に不要となる施設を選別」することが、「公共施設等の最適配置」の意図するところなのである。より直接的に表現するならば、現存するすべての公立ミュージアムを将来に継承することは困難であるということを意味している。

 このような、公共施設の大規模改修及び建替の優先度や実施の可否の判断は、「トリアージ」と呼ばれている。この「トリアージ(Triage)」とは、「選別」を意味するフランス語を語源としている。もともとのトリアージとは、「被災地において最大多数の傷病者に最善の医療を実施するため、傷病の緊急度と重症度により治療優先度を決めるものであり、限られた人的・物的医療資源を有効に活用するための重要な行為」(厚生労働省2001:8)のことを意味している。近年においては、公共施設に関しても使用されており、その場合は「既存施設の保有の必要性や投資の可否とその範囲等を選別すること」(文部科学省2019:11)の意味として使用されているのである。

 じつは、このトリアージは公共施設においてすでに実践されている。総務省の資料では、富山市による「橋梁トリアージ」が、「効果的な公共施設マネジメント」の事例として紹介されているのである。この「橋梁トリアージ」では、「限られた予算や人員で老朽化による事故等のリスクを最大限回避するとともに、将来市民に過度な負担とならないよう管理橋梁の総量適正化が必要」(総務省2020:14)との問題意識のもと、「重要な橋梁は優先的に修繕や更新を行ういっぽう、重量制限や通行止めなどの使用制限、さらには必要性が低下した橋梁の統合・廃止を行うなど、メリハリのある橋梁老朽化対策を推進するため、修繕や更新等の措置の優先度を明確にする」という「橋梁トリアージ」を実施している(ibid.)。そして、「『橋梁トリアージ』により、これからの老朽化対策では修繕や更新のみならず重量制限や通行止めなどの使用制限の実施、さらには統合・廃止を推進する」(ibid.)と謳っているのである。

 これと同様の事態が、ミュージアムにおいても起こる可能性が高い。ミュージアムに対して、この「トリアージ」が実施される状況を想像してみていただきたい。トリアージの結果、「将来の国民や住民にとって必要性が低い」と評価されたミュージアムは、当面は開館日数や開館時間、入館者数等の使用制限が実施された後、いずれ統合・廃止が推進される運命となるのである。

 現在、文化審議会文化政策部会において「博物館部会」が設置され、今後の博物館政策について議論が行われている(筆者もこの部会の委員である)。同部会においては、博物館の「登録」制度をはじめとする博物館法の改正が大きな論点となっている。より具体的に言えば、登録博物館をより増やすことが企図されているのである。しかし、博物館政策の対象となる「登録博物館」が増大した場合、その増加に見合うような政策予算も増額される必要がある。もし、予算が現状維持または微増にとどまる場合、単純計算でひとつの博物館あたりの支援金額はより減額されることになる。そして、このような制度の改変は、上述した「トリアージ」をより加速することになりかねない。

おわりに:ミュージアムの終活(または再生)

 「終活」とは「人の一生の終わりのための活動」の略である。そして、人の人生に終わりがあるように、文化施設や文化活動にもいずれ終わりは訪れる。もしかしたら、文化施設にも「終活」が必要な時代を、いま我々は迎えているのかもしれない。人の「終活」において、人生の終わり、すなわち死を意識して、そのための準備や、いままでの一生の総括を行うことになる。それと同様に、ミュージアムも、ある時期での閉館を前提として、閉館のための準備や、いままでの活動の総括、コレクションの継承等の「終活」を実践する必要があるのかもしれない。

 これまで日本では、ミュージアムの閉館または廃館、及びその政策について、まったくと言ってよいほど議論されてこなかった。人口の増加、経済の成長という右肩上がりの社会や経済においては、そのような想定は必要なかったためであろう。しかし、これからの人口減少と経済収縮または定常化を前提とした社会においては、従来とは異なる、新しい社会システムが必要となる。

 では、人類の記憶の保存・継承のための社会システムである「ミュージアム」を持続するためには、いったいどうすればよいのか。

 第一に、単純な来館者だけでない、ミュージアムの「応援団」づくりが不可欠となる。将来の世代も含む多くの人々の生活にとって直接的または間接的にミュージアムが必要と思われることが、「トリアージ」を生き残るためには不可欠であろう。

 そのためには、ミュージアムのデジタル・トランスフォーメーションが有効となる。たとえば、米国のスミソニアン博物館は、毎年3000万人以上が訪問する世界最大規模の博物館群であるが、今後5年で年間10億人が博物館のコレクションにリーチするという目標を掲げている。この野心的なゴールを達成するためには、リアルな博物館だけでは不可能であり、24時間・365日提供可能なデジタルアーカイヴが必要不可欠となる。この事例に代表されるように、これからのミュージアムにとってデジタル・トランスフォーメーションは必要不可欠であろう。さらに言えば、こうしたミュージアムの取り組みを後押しするために、国民がデジタル化された文化資源をより簡便に享受できるようにするための基本法の位置づけで、デジタル庁の政策として、国民の「デジタルライフ振興法」を制定することが望まれる。

 第二として、社会とのコミュニケーションに係る課題を指摘できる。これからのミュージアムは、展覧会やコレクション(デジタル化されたアーカイブも含む)等のコンテンツや活動の成果を対外的に発信していくだけでは十分ではない。それだけではなく、ミュージアム自体の存在意義や社会における重要性、すなわち「なぜ、ミュージアムが私たちの社会に必要なのか」、「なぜ、ミュージアムを後世に継承していく必要があるのか」等の事項について、社会に対してわかりやすく発信していく必要がある。これからのミュージアムにとっては、いままで以上にメタレベルのコミュニケーションが必要になるのである。

 いっぽうで、もしもトリアージが現実となると想定した場合、どのような施策が必要となるのであろうか。

 トリアージされた結果、「存続する」こととなったミュージアムに関しては、前述した「ベーシック・インカム」を導入のうえ、「見せる収蔵庫」を整備することによって、ミュージアムとしての存続基盤をあらためて補強することが望まれる。

 もっとも、トリアージの結果、生き残ることとなったミュージアムに関しても、ある特定の施策を実行しさえすれば、ミュージアムを維持できるという状況ではない。非伝統的な施策も含めて、できる施策はできるかぎりチャレンジするという、生き残りをかけた多元的なアプローチが必要であろう。

 また、逆に「存続しない」ことになったミュージアムに関しては、それらのミュージアムのコレクションの継承が大きな問題となる。体系的に収集されてきたコレクションが散逸してしまうと多大な公益の逸失となるからである。そこで、どのミュージアムが、どのような条件でそれらのコレクションを継承するのか、等についての慎重な検討が必要となる。なお、ここでいう「継承」とは、実物としてのコレクションはもちろんのこと、不要と判断されて取り壊されてしまうミュージアムの建築物としての記録やミュージアム自身の活動の記録をアーカイブ化することをも含んでいる。

 なお、本稿においては、ミュージアムを中心にその「終活」について考察してきたが、本稿でとりあげた課題のうち、「毒まんじゅう」だったNew Public Management、及びトリアージ(峻別)されゆくミュージアムで指摘した事項に関しては、劇場・音楽堂等、他の文化施設に関しても共通する課題である。

 企業経営において、新規事業の開拓よりも、事業からの撤退の方が何倍も困難であるとはよく言われることである。これと同様に、ミュージアムの終活においても、これまでの活動とは比較にならない困難が待ち受けているであろう。

 今後の博物館政策はまさに、持続と再生を賭けた正念場を迎えることとなる。後世になって今日を振り返ったときに、2019年に京都で開催されたICOMが、日本におけるミュージアム及び博物館政策のピークであった、と評価されることのないようにしたい。

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