お前は顔に汗を流してパンを得る、土に返るそのときまで。
──『創世記』
聖書において、人は善悪を知る知恵の木の実を食べて神の怒りを買い、楽園を追われ、出産と労働の苦しみ、そして死を与えられたとされる。庭をつくること、一本の木、一輪の花を育てることは、天と地のあいだにこの失われた楽園を取り戻す試みに比することができる。芸術もまた、人と自然、人と世界をつなぐ回路の役割を担うことができるのではないか。これが「自然と人のダイアローグ フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで」展のもっとも根本的なテーマともいえる。それは作品の創作の問題というだけではなく、作品を受容する側の問題でもある。観る側それぞれが作品との邂逅を通じて、すなわち芸術家のまなざしを通じて、自然/世界の深部に触れて新たなヴィジョンを得ること、そして観る者と作品とのあいだの内的な対話そのものがひとつの小宇宙を生み出していたことに気づくこと、この展覧会をそうした体験の小さな契機とすることが今回、企画者が最終的に目指したところであった。はたしてこの目標にたどり着けたのか。開幕から1ヶ月、展覧会を総括するには早すぎるが、本稿では企画の経緯と背景を振りかえりたい。
企画のそもそもの始まりは、国立西洋美術館の設立60周年を記念して2019年に開催された「松方コレクション展」である。国立西洋美術館は1959年、フランス政府から日本へ寄贈返還される松方コレクションを受け入れる機関として設立された。松方コレクションとは、川崎造船所の社長として辣腕をふるった神戸の実業家松方幸次郎(1866〜1950)が20世紀初頭に築いたコレクションであり、本来は、ヨーロッパ各地で買い集めた3000点におよぶ西洋美術品のほか、フランスから買い戻された浮世絵から構成されていた。収集の意図は明確で、日本の社会で待望されていた西洋美術のための美術館の設立である。第一次世界大戦期にストックボートで巨益をあげた松方であったが、昭和の金融恐慌のなかで造船所の経営が立ち行かなくなり、やがてそのコレクションは散逸へ向かう。日本に到着していた作品群は売立に出され、またロンドンに保管されていた作品群は火災で焼失、いっぽう、第二次世界大戦期までパリに残されていた作品群は敵国人財産として1944年にフランス政府が接収したのであった。