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2021.3.3

修復・復元を経ていまに届くもの。稲垣貴士評「バシェ音響彫刻 特別企画展」

1970年の大阪万博においてフランソワ・バシェが来日して制作した「バシェ音響彫刻」が、2020年11月〜12月に京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAにて5基が展示。2010年より開始した修復・復元プロジェクトとあわせて紹介された。映像作家の稲垣貴士がレビューする。

文=稲垣貴士

「バシェ音響彫刻 特別企画展」展示風景 撮影=来田猛 提供=京都市立芸術大学
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イマジナリーな「時」の波動が拡がるプロジェクト

「過去はおそらく今もってなお本質的には未発見のままなのだ! なおも非常に多くの遡及力が必要である!」(ニーチェ『悦しき知識』信太正三訳、ちくま学芸文庫)

 20世紀が幕を下ろし、昭和という時代もずいぶんと遠ざかった。そして20世紀の芸術は、前世紀の物語(=歴史)として再編され語り直され始めている。新たな資料が発見されることもあり、あるいは忘れられていた作家や作品が再発見されることもある。リファレンスが修正され更新されてきているのだ。そのため、20世紀の芸術の見え方がずいぶん変わってきているように感じられる。

桂フォーン 撮影=来田猛 提供=京都市立芸術大学

 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAで開催された「バシェ音響彫刻 特別企画展」も過去への強い遡及力を伴った刺激的なプロジェクト型企画展であった。バシェ音響彫刻とは、彫刻家のフランソワ・バシェ(1920-2014)と音響工学を学んだ兄のベルナール・バシェ(1917-2015)によって考案された楽器としての機能をもった造形作品である。一つひとつが異なる形状をした構造物(structures)であるが、しかし、同時に楽器としての音響と奏法が考慮された構造を持っており、叩いたり擦ったりすることによって独自の音響を発する(1965年にMoMAで開催されたバシェの展覧会タイトルは、“STRUCTURES FOR SOUND – MUSICAL INSTRUMENTS BY FRANCOIS AND BERNARD BASCHET” となっている。また、1970年の大阪万博公式ガイドブックなどでは「楽器彫刻」と記されている)。

勝原フォーン 撮影=来田猛 提供=京都市立芸術大学

 1970年の大阪万博開催時、フランソワ・バシェは、日本鉄鋼連盟のパビリオン「鉄鋼館」のために17基の音響彫刻を制作しホワイエなどに展示した。鉄鋼館の音楽監督を務めた武満徹の依頼に応じて1969年に来日し制作したものだが、万博閉幕後、それらは解体され部材が倉庫に保管されたままになっていたという。この企画展は、そのバシェの音響彫刻の修復、調査・研究プロジェクトを基軸とし、《桂フォーン》や《勝原フォーン》など、修復・復元(*1)された5基を含む音響彫刻のギャラリー展示、アーカイヴ映像の上映、加えて音響彫刻を使ったコンサートやアーティスト・パフォーマンス、ワークショップ、国際シンポジウムの開催など、非常に充実した関連イベントで構成されていた。会場には京都市立芸大の美術学部と音楽学部の合同演習で制作された小型のバシェ・モデルのシリーズ「冬の花」も展示されており、それには直に触れることができた。鉄の構造体に取り付けられた5本のガラス棒に、指を水に濡らして触れ、感触を確かめるようにゆっくり擦るとその速さや強さに応じて音が出る。コンサートは、残念ながら予定が合わず聞き逃してしまったものも多いが、会場で販売されていたCD「Baschet Sound Sculpture | Wind blows from West to East|」(2020)で「冬の花」を使った演奏を聴くことができた。「今」に蘇った音響彫刻のために音楽が新たに作曲され、実際に演奏されていることに文化財としての修復・保存の枠を越えた同時代のアクチュアリティを感じる。

「冬の花」シリーズ(部分) 撮影=来田猛 提供=京都市立芸術大学

 手元にあるCD『スペース・シアター EXPO ’70 鉄鋼館の記録』(2015)には、鉄鋼館のスペース・シアターで流された武満徹、高橋悠治、クセナキスの曲が収録されている。これらの曲にはバシェの音響彫刻が使われ、当時1000を超えるスピーカーを組み込んだスペース・シアターの立体音響システムによって流された。改めてCDを聞くと、この企画展で実際に見て音を聞いたバシェの音響彫刻が時空を超えて重なってくる。大阪万博が夢見た「人類の進歩と調和」というユートピア、そして閉幕後の閉塞感。バシェの音響彫刻は、その物語と結びついている。今回の特別展は、音響彫刻の展覧会ではあるが、それは同時に大阪万博と鉄鋼館、それに関わった当時の多くの人たち、そして今回のプロジェクトを推進してきた多くの人たちの物語の展覧会でもあったように思う。修復・復元されたフィジカルな音響彫刻をギャラリー展示室で目の当たりにし、目の前で繰り広げられた音響彫刻の演奏(musical performance, art performance)を聴き、そしてこの企画展の背景にある何年にもわたる調査、研究を想うと、バシェ音響彫刻プロジェクトがいっそう印象深いものになったことは、偽らざる感想である。

*1──《桂フォーン》は2015年に京都市立芸術大学で、《勝原フォーン》は2017年に東京藝術大学で修復・復元された。大阪万博に向けて制作されたバシェ音響彫刻には当時の日本人アシスタントの名前がつけられている。

参考文献
1. @KCUA会場展示資料
2. @KCUA展覧会広報リーフレット
3. 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA webサイト「バシェ音響彫刻 特別企画展」(同ページには展示風景の写真も掲載されている)https://gallery.kcua.ac.jp/archives/2020/315/ (参照日:2021年1月31日)
4. バシェ協会 webサイト『バシェ協会〜大阪万博EXPO70 フランソワ・バシェ音響彫刻の世界〜』「バシェの音響彫刻《修復・調査・研究》」https://baschet.jp.net/archive/soundsculptures/ (参照日:2021年1月31日)
5.『日本万国博覧会公式ガイド』1970年、日本万国博覧会協会(1970年大阪万博公式ガイドブック。本文では「楽器彫刻」となっている)
6. 「建築生産」編集部編『EXPO’70の建築 パビリオン・施設の計画と工法』1970年、工業調査会(掲載されている鉄鋼館の写真を見ると、エントランスロビーやホワイエだけでなく、スペース・シアター内部にもバシェの音響彫刻が設置されている)
7. CD『Baschet Sound Sculpture | Wind blows from West to East|』ライナーノート、2020年
8. CD『スペース・シアター EXPO ’70 鉄鋼館の記録』(企画・販売:TOWER RECORD)ライナーノート、2015年(ライナーノートで紹介されている高橋悠治自身による『エゲン』の解説にはバシェの音響彫刻と木管楽器の音を素材としたことが記されている)
9. MoMA “Structures for Sound – Musical Instruments by Francois and Bernard Baschet Oct 5, 1965-Jan 23, 1966 ” https://www.moma.org/calendar/exhibitions/3475(参照日:2021年2月2日)
10. レコード『STRUCTURES FOR SOUND – MUSICAL INSTRUMENTSBY FRANCOIS AND BERNARD BASCHET』1965年、MoMA