• HOME
  • MAGAZINE
  • REVIEW
  • 透明感のある日常の風景にやどる気配は、どこからくるのか。大…
2019.5.30

透明感のある日常の風景にやどる気配は、どこからくるのか。大森俊克評「アペルト09 西村有 paragraph」展

山道を走る自動車や郊外の家並み、森のなかを歩く人物など、日常の一断面を描く画家、西村有。どこでもないどこかのような、異世界感をはらむ西村の絵画について、度々論じてきた大森俊克が、金沢21世紀美術館で開催された「アペルト09 西村有 paragraph」を中心に、「地域性」という視点を取り入れ、新たな風景論を展開する。

文=大森俊克

scenery passing(out of town) 2018 キャンバスに油彩 194×259cm  Photo by Keizo Kioku
前へ
次へ

西村有の絵画についての、いくつかの考察

1.
 西村有の絵画はその画風や描法において、2014年頃から力強く変化してきたように思う。さしあたりそれは「具象」と呼びうる平面表現で、イメージも日常との親和性があり、著しい異化効果やマジック・リアリズム的な意表はなく、しかし一定の方法論に穿たれている。西村の作品は、様々な視点から論じることができるだろう。本稿はそのひとつを提示するものだが、金沢21世紀美術館での西村の個展「paragraph」についての展評というかたちをとりつつ、以下の点へと考察の範囲を広げてみたい。それは、西村の絵画にみる地域(地方)性、そして「風景」の特性だ。

金沢21世紀美術館での「アペルト09  西村有  paragraph」展示風景 Photo by Keizo Kioku

 高村光太郎は「緑色の太陽」(1910)で、当時の傾向としてあった、日本の地方色(この場合の「色」とは、色彩のことである)をあらかじめ意識する姿勢を、論難していた。「日本の油絵具の運命」を、例えば「日本の自然を薄墨色の情調と見る」全体的な風潮へと狭めずに、一個人の感性と欲求に沿って色彩を決めていくということ。これにより描かれた絵画は、ちょうど「魚に水の香のする」ように、ただ事後的に、日本的な感性を人々に気づかせる(*1)。作品の「地方色」を意図して訴えることに疑問を呈する高村の姿勢は、今日でもある程度妥当なものかもしれない。西村の絵画では、そうした「日本」や「地方」という要素(独自性)は、前もって主題化されてはいない。代わりとして、とても自然なかたちで、彼が過去に見た風景や既存イメージの記憶、また日ごろ目にしているはずの光景が、混ざり合うようにして作品へと昇華を遂げている。

 西村の表現では、描く対象“自体”に前もって意味を与える方向性とは、別の「プリヴェンション」が採られている。その作品を複数観ていくと感じられる、画面にごく自然なかたちで表れている「場所」的な性質を、「風土」と呼ぶことができるかもしれない。もっと言えばそれは、地理学者のオギュスタン ・ベルクが言う風土に近いものだ。​

pair in the car 2018 キャンバスに油彩 168.5×200.5cm Photo by Keizo Kioku

​2.
 オギュスタン・ベルクは、自身の風景についての考えを実体験から語っている。この体験の舞台となったのが、ギリシャの群島のひとつ、セリフォス島だ。この島には「首都」となる集落があり、そこには真っ白な家屋がいくつも並んでいた。ベルクは港の近くに泊まり、丘のてっぺん近くにあるその集落に出かけたという。白い石畳の道を上っていくと、そこで「灰褐色の山や小谷の月桂樹といった光景」が目に入った(*2)。この時を思い返し、ベルクはそのイメージが、当の集落の名前と切り離せなくなっている、と述べる。その名前とは、「ホーラ(Chora)」である。

 「ホーラ」とは、ギリシャ語で「場所」や「地方」、「2つのもののあいだにある土地」などを意味する。ギリシャの群島集落の多くは「ホーラ」と名付けられているが、これはいわば、そうした集落がただ「場所」や「地方」と呼ばれている、ということでもある。ベルクは日本研究者でもあり、ホーラを日本語の「邑(おおざと)」と比較している。「邑」とは居住地を意味する語だが、日本語において慣用されることはない。それはむしろ、「都」や「部」、「郊」などの右側の部首(つくり)となる「おおざと」、居住を含意する漢字の構成要素として知られている。「おおざと」とは言ってみれば、「都市」や「部屋」、または「郊外」といった空間概念に対し、相対的な「影」となってその形式を支えている、なかば透明な言語作用だと考えられる。

behind the palm  2018 キャンバスに油彩 31.8×41cm Photo by Keizo Kioku

 西村の絵画から感じられるのは、この「ホーラ」的な気配である。それはなかば不可視であり、具体的な(住まわれる)場と重なって身を潜めている、そうした空間のあり方だ。この「ホーラ」とはちなみに、よく知られている哲学概念と同根の語である。それは、プラトンが『ティマイオス』で語り、近代以降にはジャック・デリダやジュリア・クリステヴァが論じた、「コーラ(Khôra)」だ。デリダが「コーラがある、だがコーラというもの=そのコーラは実在しない」(*3)と謎かけのように言い表したように、観念と実体の二重否定的な位相から生成を促していく「コーラ」は、漢字の部首の「おおざと」と同様、固有性を持った実在としては姿を現さない。けれども同時にこのコーラは、特定の場を(あくまで、偶発的に)包み込み、それを受容している。ベルクは、この「コーラ」と自らのセリフォス島での経験を、重ねてとらえていた。

 「若い頃に行ったホーラの写真を後になって時々見ることがあった。今はそれらをもう保っていないけれども、私の記憶に生々と残っている。実物の思い出なのか、写真の思い出なのかは、もう識別し得なくなった。それに、近年もう一度、束の間にホーラを見たこともある。それは別の島へ行く途中で、船は短くセリフォスに寄港したからである。(…)セリフォスに再来して寄港した時に、私は妙な感じがしたのである。過去は現在、現在は過去からあったという情景で、ホーラは私の目の前にある現実と同時に、もう私の記憶に残っている影像にすぎないという、意識でもない曖昧な境地であった。考えてみれば、その境地は典型的に風景の事実を表わしていたと思う」(*4)。

 ベルクにとって風景とは、その性質上「コーラ」に限りなく近いものだ(*5)。そして風景は、現実と影像、意識と外界、現在と過去、これらの中間的位相としての「ホーラ(場所、地方)」でもある。風景はまた(風土性を啓示する限りにおいて)、「意味(sens)」を含んでいるが、この意味は「移行」というべきある種の“動き”を伴う。ベルクは、ふつうは「風情」や「心の機微」といったニュアンスで理解される「趣(おもむき)」を、体験されるものの具体性と記号作用のあいだに生じる、意味の指向性=赴(おもむ)きととらえていた。居住空間(郊外や部屋など)にいるひとりの主体が、その空間で漠とした趣(おもむき)を感じとるとき、そこでは、美的、生態学的、または社会的といった諸々の意味(sens)、さらにはその「指向(方向性)」が生じている。

 ベルクは日本の作庭を例に挙げつつ、こうした性質に「石の願望」も関係していると述べる(*6)。この「願望」とはあくまで喩えだが、非常にかいつまんで言えば、人間主体に限らず石のような対象からも意味の指向づけがなされ、そこで意味の連動が生じる、ということだ。こうした状態が風景の発生に関わると考えれば、こう言うこともできる。つまり、風景とは趣(おもむき)を持つゆえに、つねに“揺れ動いている”、ないしはどこかへと向けて“通過している”、と。​​

pick up 2017 キャンバスに油彩 182.5×109.5cm(本展出品作品外)

​ この風景=地方の空間概念は、西村の作品にみられる揺動や移行線、多重露光にも似た描き方を説明するのに、役立つように思う。本展「paragraph」の作品だけでなく、西村の絵画からは、レイヨニスムの光線、未来派の力線、またはゲルハルト・リヒターの水平方向にかすれさせる描法といった、視点と空間の関係を再構成する、いくつかの先例が想起される。ただし、とくにリヒターの絵画(描法)では、その視差(parallax)のダイナミズムがまずもって写真の属性と政治的コンテクストに向かうのに対し(*7)、西村の絵画には、具体的な場所性と画定された表象作用の「中間」、ベルク的な風景の性質がよく表れているように思う。

 ここで言う風景とはふつう考えられるような、「景観」として差し出されている、固定されたイメージではない。風景は、それ自体が(「風」のように)なかば不可視の、しかし媒質的な実体(受容体)であり、精神世界と物質世界が重なる場所でありつつ、同時にそのいずれでもない。さらに風景とは、そもそもある種の土地(地方、地域)のあり方であり、そこでは感覚(sens)の通過(風向き)が生じている。

 こうした風景、その「風」をはらんだスクリーンのあり方を、西村はとても自然なかたちで、絵画面に表出させる。西村はその「自然さ」に達するまでの技倆を、積年の絵画制作のうちに築き、さらにそれをつねに変化にさらしてきた。この技倆とは、純粋な意味で、先述の高村が述べた、魚が放つ芳醇な「水の香」のようなものだ。

a girl listening 2018 キャンバスに油彩 91×72.7cm Photo by Keizo Kioku 

​3.
 金沢21世紀美術館での西村の個展「paragraph」は、13点の新作で構成されている。これらの作品から再確認されたのは、描く対象や画家本人が画面内で目指すところによって、描き方(画風)が周到に選ばれているという、西村の表現にみられる大きな特徴である。また展示構成においても熟慮が図られ、その結果、ここ数年の描法の試みが、緊張感を保ちつつ調和していた。本展の作品には、画題のうえでもいくつかの挑戦があるように感じた。椅子に座った女性を画面中央にとらえた《a girl listening》の、描き込んだ人物像のデフォルメと室内の組み合わせは新しく、今後の展開を期待させた。

 竹林と2匹のヘビを描いた《tryst》も新しい試みとなっていた。傾きながらジップ状に走る竹稈の線は、画面に静置状態とフラットな印象をもたらす。しかしほどよい距離まで退いて全体を眺めると、画面の中間に霞のような不定形なレイヤーが実体化されるような印象が生まれる。そこには、特定の場に醸される「気配」とその精神的作用に対する、西村の感性が確認された(またこの作品から想起されるのは、「土地の気質」を意味するgenius lociという西洋概念が、ヘビをそのシンボルとしていたことだろう)。

tryst  2018 キャンバスに油彩  130.3×194 cm Photo by Keizo Kioku

​ どこか海辺の松林を思わせる小品《walking on sunset》では、その磊落な筆づかいによって、人物の歩く速度と葉を揺らす風の流れが示されている。これが画面を緩やかに横切り、精神世界と外界の「二重否定」的な領域、ベルクの言う「〔物質世界でも〕意識でもない曖昧な境地」がそこに浮揚する。その趣(おもむき)は、いっぽうで日本の郊外や地方の空気感をベースとするが、他方で、「どこ」と名指すことができない場所が持つ、無機的な空気感につながっている。

 西村はここ数年、描いたイメージの上に、対象を半透明に重ねて描くという、独自の描法を続けてきた。それは、《hiking trail》(2012)を経て《rest》(2014)、また《抜け道》(2015)など、主に山林を描いた作品で多用されてきた。例として《抜け道》という過去の作品では、緩やかな勾配を下っていく女性、その風を切るような歩行(赴き)が、この描法によって「空気」をはらみ、画面上部へと梢の揺らぎを誘っているかのような、捕らわれのない連動が生まれている。

walking on sunset 2018 キャンバスに油彩 53×45.5cm Photo by Keizo Kioku

 この描き重ねの手法は本展で、並べられた同一サイズの風景画《looking for》と《trees》にもっとも顕著だ。それは画面内で、パリンプセストのように後景を打ち消しつつ逆理的に前面へとそれを引き立て、異なる時制に置かれたいくつもの影像をスクリーンに貼付していくような、抹消と生成の「コーラ」的な機能を果たしている。この結果、画面の奥から前面へと抜けるように、風の性質(chorésie)を帯びた過去と現在の中間域、感覚的媒質としての風景が、その透明性を脱して色づきながら表出する。

 並んだ2点はいずれも、前面に濃い褐色で描かれた非透明な枝ぶりによって、統一感を獲得している。《trees》に描かれた木の枝の多方向的な密集は、アプリ上で無数の画像が折り重なったような、どこかデジタルな硬質さを帯びている。この作品の遠景には人物が小さく描かれており、これが《looking for》の大きな人物像との同一性を想起させ、双方の物語的な関係性を示唆している。双幅形式で並んだ両作品はこのように、描法とモチーフの次元からそれぞれに多重的な時間構造を表し、結果としてその間隙に、ふと「無時間」的な余白が空間化されるような、独特な効果を生んでいる。

展示風景より、左が《Trees》、右が《looking for》(ともに2018) Photo by Keizo Kioku

​ 西村によるこの半透明の描法は、果樹や花、葉擦れなどを描いた作品群でも、試みられてきた(この系譜に当たる本展の作品が、《kaki》である)。またそれは、女性の形姿を淡いブルーグレーのかすれた線描で表した、一連の作品(本展では《moment》)で、相貌の独特な抽象化とフラットネスをもたらした。

 東京の自然史を研究していた品田穣はかつて、都心から郊外(武蔵野)にかけて、都民にとっての「自然」と言うべき環境が1960年代末までに失われたことをデータによって明らかにしてみせた。これが意味するのは、今日に同地域で「自然」を感じさせるような環境は、自然を再現しようとする行政や人々の「イマジネーション」と、環境の実在性、その中間状態のようなものだということだろう。これは、フェミニズム研究者のカレン・バラードがある種の表象作用の「もつれ」を指して述べた、「回折」という概念を想起させる。人類学者のアナ・ツィンが近年に注目したように、日本には人為的な撹乱を施すことで自然と文化の境域があやふやになった、「里山」という土地が伝統的に存在する。バラードは、あらゆる自然・外界が主体の表象であるという、イメージ/テクスト先行型の表象主義と、主観を客観的事実に包摂してしまう科学的発想の間で、環境=物質もまた能動的に表象すべき「語り(文化)」を有している、と、おおむねそう考えていた。

 西村の絵画における多重的な描法は、とくに植物を対象とするとき、この「回折」の関係性をあらわにしているように思う。つまり、見る・描く対象としての「環境」はすでに、特定の地域に生きる人々のイマジネーションと物理的再編を経た「風土」にほかならず、自然の側にも自発的に表象されるべき「感覚」がやどっているということ、この多畳的で繊細な文化と自然の(日本的な)関係性が、そこに「距離」として描き取られている、という印象がある。

4. 
 本展の数点の作品からは、社会的、政治的コンテクストを読み取ることも不可能ではない(*8)。しかし基本的に、とくに風景画には、その描かれた状況がどこかに確実に存在するだろうという、臆見と判断の中間のような感覚をもたらし、場所の具体性と無記名性のあわいのような状態にそのイメージがたゆたっている、という印象がある。この状況を考えるにあたっての糸口となりうるのが、いわゆる「地域生態学」だろう。ここで言う地域生態学とは、地形をつくる諸々の成因が、そこに暮らす人々の日常の営みや情動と一体化している、そうした状態のことだ。

 前出のベルクは、日本の都市を流れる「河川」について、おおむねこう語っている。そうした川では、例えばその地域に住む人々の川釣りへの「愛着」といったものも(たとえその様子が表されていなくとも)風景が持つ意味となっている。さらには、そこでの住人同士の「人づきあい」も、その風景をなす感覚的現実の一部になっている、と(*9)。川の風景をかたちづくる「水の性質」には、生態系や地勢のほか、こうした情緒や感情がじかに含まれている。西村の描くイメージ特有の場所性には少なからず、この種の、地勢と文化、社会生活的側面を、親しみやすいかたちへと昇華させた、風土の流れが通底するように思う。

 かつて生態学者の沼田眞は、植生、言語、住居、作物など、様々な「相」の複合的関係から成り立つ風景を、「景相」と呼んだ。これは、場合によっては視覚イメージさえ持たないまま、匂いや音、肌触りなどを通じて、記憶からも呼び出される、そういった風景のことだ。この、沼田の「景相」概念で特徴的なのは、それが観相学(physiognomy)の延長線上にとらえられているということだ(*10)。観相学にはもともと、植物生態学と、人間の気質を顔貌から分析する人相学という、別々の学問領域が含まれる。沼田はそこに、人物の体つきの相(anthroposcopy)を合せ、これらを自然と文化、社会の複合的な感性領域としての、「景相」へと結びつけた。

 以下は、やや飛躍した発想かもしれない。しかし、この「景相」概念によって示されているように、もし自然界や屋外のイメージが、「見えないこと」を許容しつつ、「観相」と密接な関係にあるのだとしたら、顔の表情や体つきといったものも、れっきとした「環境」であり、そして風景の表われなのだと言うことができる。つまり、西村の描く女性たちの、淡く解けていくような顔や上半身には、草木の匂いや雨音、緑地から見下ろす家並み、日照の変化、人々の団らん、小動物の気配といった、何気ない日常の風情が、目に見えずとも温存されている。そう、考えることもできる。

surface 2018 キャンバスに油彩  45.5×53cm Photo by Keizo Kioku

5. 
 西村の絵画には、例えば、いつか通った坂道の記憶、川辺と植生の関係、交通、夜間照明の具合といったものの具体性が濾過され、ひとつの風景イメージのうちに、「人格」と「環境」の中間と言うべき質が現れている、という印象がある。この「人格」とはむろん画家本人のそれではなく、非人称的なものだが、その「境地(風致)」と言うべき(内面的な機微と、物質的な外界の)中間状態について、本稿ではいくつかの考察を短く試みてきた。

 美術史家のテリー・スミスは「地方主義の問題」(1974)で、美術界のごく一部を「大都市」、それ以外をすべて「地方」だとする、大胆な定義を行った。このテクストで挙げられているアーティストの多くは画家であり、ゆえにそれは実質的には絵画論だったと言える。スミスはそこで、当時の美術表現を、(1)「地方」の独自性を意図して打ち出した作品、(2)歴史的前衛やニューヨークの動向を学び取って再解釈したもの、(3)あるいは、そのどちらかで逡巡しているような表現、この3つに大別した(*11)。

 スミスはその後およそ40年を経て、ガヤトリ・スピヴァクの「惑星思考」を援用しつつ、コンテンポラリー・アートの「第三の潮流」なるものを語っている。やや極論めいていたかつての地方論から大きく視点を変え、スミスはメタファーとしての「地方」ではなく、中央集権的なシステム以外のあらゆる場所に存在しうる、美術表現のスタンスを定義する。この第三の潮流にカテゴライズされる今日のアーティストは、権力闘争的なものを関心の的としない。代わりとして、「地球全体に起こっていること」を注視しつつ生活形態の変化を求める、コミュニティ・ベースの状況を指向するのだと言う(*12)。これは、生産と消費の諸活動からなる社会というより、個人が日常的に属している地域や集団、その生態系を含めた場=環境への関心をもとにした表現活動だと、さしあたりそう言うことができる。

 今世紀における美術界の「中心地」とはおおむね、グローバリズムという抽象的な機構のことであった。この機構やディシプリンから解き放たれた地方(=「惑星」)の美術表現とは、ここにおいて、環境に対する取り組みを含んだ、地域社会へのコミットメントとして想定されている。こう見ていくと、スミスの初期のテクストからこの近年の言説に至って、「地方」を語るうえで決定的に抜け落ちてしまっているものは、明白である。それは、「地方と絵画」の関係にほかならない。もっと言えば、絵画と地域(郊外)、そしてその土地にみられる生物圏や居住空間のような「地勢」、これら3つの関係性への視点である。

moment 2018 キャンバスに油彩  53×41cm Photo by Keizo Kioku

 西村の絵画には、スミスにとって死角となってしまった今日的な美術表現のあり方へのひとつの糸口が示されているように思う。西村の絵画制作は、地方色に画題としての強い「意味」を求めることなく、また地域社会への関与という政治的な「コンセプト」も求めてはいない。あくまで、画家自身が置かれた環境(土地)で、絵画のあり方、平面表現の固有性を描法や画面構成の次元から希求し、その結果として、地方(地域、郊外)そのものに風景の空間的本質を見出し、さらにそれを描き出す方法論を打ち立てているからだ。

 先述した高村の言う「水の香」とは、この希求の帰結として、絵画の鑑賞時にふと感じられるような、なかば無記名的な風土のことであった。それは、特定の土地でしか感じることのできない風致と、「どこでもない/どこでもありうる」場所の遍在性を“同時に”立ち上げる、そうした絵画に固有の色彩であり、「香り」である。それはまた、オギュスタン・ベルクが考える「ホーラ」の本質に限りなく近いものでもある。

 西村有は、場の具体性と空間構成的な領域の遍在性、この中間域としての「風景」のあり方を、絵画的な方法論の次元にまで到達させ、描き出すことのできる画家である。本稿では風景と地方という論点に限ったが、多様な観点から検証されるべき作品の質をそなえている。今後の活躍が期待される。

 

*1――高村光太郎『芸術論集 緑色の太陽』 岩波書店、1982年、86頁。
*2――オギュスタン ・ベルク「場所があるということ」、『日本の美学』25号、ぺりかん社、1997年、105頁。
*3――ジャック・デリダ『コーラ プラトンの場』 守中高明訳、未来社、2004年、26頁。
*4――ベルク、前掲論文、110頁。
*5――「しかし〔『ティマイオス』では〕コーラの存在の原理は、あいまいなままである。コーラはつねにすでにそこにある。コーラは生まれたり、死んだりしない。それでいて、存在ではない。存在する物にたいしてコーラは奇妙にも、刻印されたものであるとともに、母型である。母親であり、乳母なのである。コーラが刻印されたものであり、同時に母型であるとは、どういうことだろう。要するに、その風景ということだ(しかし古代のギリシア人たちには、風景という概念はなかった)」。オギュスタン ・ベルク『風土学序説』 中山元訳、筑摩書房、2002年、38頁。
*6――オギュスタン ・ベルク『風土の日本 自然と文化の通態』 篠田勝英訳、筑摩書房、1988年、223頁。
*7――政治的文脈からリヒターの描法における視差を論じたものとして、以下。Slavoj Žižek, The Parallax View (Cambridge, Mass.: MIT Press, 2006), p.152. スラヴォイ・ジジェク『パララックス・ビュー』 山本耕一訳、作品社、2010年、277頁。
*8――例えば、西村が現在制作活動を行う土地に程近い中都市では、19世紀末、居留地の外国人や軍人向けの欧米風の別荘地が造成された。終戦前後には軍関連の工場が林立し、人口密度もきわめて高いエリアであった。この地は20世紀後半、海岸リゾートと日米両軍の駐屯地、そして一般市民の新興住宅地という、3つの顔を持ち発展していった(『私鉄郊外の誕生』 片木篤[編]、柏書房、2017年、82〜85頁)。本展での、独特のアングルで海景を描いた《behind the palm》など、西村のいくつかの作品にはリゾート的符牒がみられるが、これは同地の欧米風文化の背景にある、軍事という要素と併せて考えることもできる。 また、西村のいくつかの郊外風景の作品には、走る電車の窓ガラスに反射した像のような、独特な白い半透明の矩形が描かれている。本展の《scenery passing (out of town)》という作品がこの系譜に当たる。この白いスクエア状の色面は同作品で、併せて描かれた送電塔とともに、画面中央に横列している。このため、どこか自律した発光体のような印象を醸してもいる。この「白」は、かつての日本の経済発展の表徴、新興住宅地の「独自色」として考えることもできる。それはちょうど、写真家の北井一夫が「団地」的な白と言い表したものに近い。北井は1980年代、それまで続けていた日本各地の農村を撮るシリーズから離れ、都心近郊のベッドタウンを撮影し始めた。その際、かつては物や人の存在感が「重」だったのに対し、「軽く宙に浮いた存在感」、「大きな窓から室内に光がたくさん入る」明るさ、白っぽさが写真を満たしていることに気づいたという。北井は、その浮かび、発光するような白が「日本が急激に豊かになった時代の色かもしれない」と述べている(北井一夫 『記憶の抽斗』、日本カメラ社、2017年、148頁)。 この「白」とは、ポスト高度成長期の日本の郊外に林立した、建売住宅と公団住宅、その採光によって四角に光る窓、そして開けた立地の公園に注ぐ日光、あらゆる外壁に塗られた「白」のことだろう。西村のほかの作品としては、《afternoon sun》(2015)、《up hill》(2016)、《morning back》(2017)などに、郊外の建築物として半透明の白い多角形が描かれているが、そこに日本の経済史との脈絡を見出すこともできる。
*9――オギュスタン ・ベルク『都市の日本 所作から共同体へ』宮原信・荒木亨訳、筑摩書房、1996年、13頁および30頁。
*10――沼田眞『自然保護という思想』 岩波新書、1994年、64頁。
*11――Terry Smith, “The Provincialism Problem,” Artforum, vol.13, no.1 (September 1974), pp.54-59.
*12――Terry Smith and Saloni Mathur, “Contemporary Art: World Currents in Transition Beyond Globalization,” Contemporaneity, vol.3, no.1 (2014) http://contemporaneity.pitt.edu スミスが、スピヴァクが撤回した惑星思考に再び目を向けた経緯については、以下。
Terry Smith, “Defining Contemporaneity: Imagining Planetarity,” The Nordic Journal of Aesthetics, no.49-50 (2015), pp.167-168.