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2018.1.17

副田一穂が見た、「ピカソと日本美術─線描の魅力─」展

文=副田一穂

イセエビ(幸野楳嶺『絵本亥中之月』より) 1889 大阪府立中之島図書館蔵
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副田一穂 年間月評第7回 「ピカソと日本美術—線描の魅力—」展 木の間越しの日本

 安倍総理主催の「日本の美」総合プロジェクト懇談会(2015~)のなかで提言された海外主要都市における日本博構想を受け、日仏友好160周年にあたる本年、パリを中心に大々的に日本文化を紹介する「ジャポニスム2018」が開催される。この国主導のイベントに先駆けて、昨年末に2つの「ジャポニスム」展が開催されていた。国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」展と、和泉市久保惣記念美術館「ピカソと日本美術」展だ。

展示風景

 1970年代に始まるジャポニスム研究の蓄積は、『北斎漫画』をフリー素材集であるかのごとく借用、剽窃する日本趣味ジャポネズリー の、分厚い「パクリ」事例集を形成してきた。絵画から彫刻やデザイン、工芸に至るまで、各国から集められたこれらの実例を総覧できる点において、前者は稀有な展覧会である。しかし、北斎に「インスパイア」された作品個々の参照関係となると、その証明はたちまち座礁する。西洋の画家たちが北斎の何に惹かれたのかを検証するには、印象派のアカデミー教育批判や共和主義者の民衆画家礼賛の文脈に沿って仮構された巨匠・北斎像や、同じ時期に広く普及した写真による新しい視覚経験との異同、あるいはそもそも浮世絵自体が秋田蘭画に始まる西洋透視図法の受容プロセスの延長線上にあることなど、北斎と西洋のあいだに横たわる豊かな「中景」の検討が欠かせない。図録での言及はあれど、畢竟展示のうえでは「そっくりショウ」化(稲賀繁美『絵画の東方』)を免れえないのだとしても、「パクリ」と「インスパイア」のシームレスな接続が引き起こすのは、神経質な類似度調査(トレパク/目トレス/絵柄パク)への鑑賞者の誘導と、150年ぶりの北斎の再列聖にほかならない。

ピカソがコレクションしていたものと同図の大津絵《猫と鼠》(17~19世紀) 大津市歴史博物館

 他方、カタルーニャにおける日本趣味研究は、ここ数年で飛躍的な進展を見せており、これまで等閑視されてきたピカソと日本美術との接点の輪郭もまた、おぼろげにではあるが描出されつつある。その最新の研究成果を、国内のピカソ・コレクションと日本美術の名品によって紹介する後者は、対照的に『北斎漫画』を西洋透視図法の研究成果と位置付ける。ピカソが手もとに置いていたことが判明している国貞、英山の浮世絵、大津絵、俳諧書はもちろんのこと、ヨーロッパで流通した北斎、光琳、若冲、楳嶺らの画譜との共通点、ジャポニスムの立役者のひとりである画商・林忠正の旧蔵品や、林の商売敵サミュエル・ビングのコレクション売り立てへのピカソの関心、戦後パリの「日本古美術展」に出品された白隠や仙厓、陶芸を通じた交流、さらにはピカソ芸術とは相容れない傾向を示す、侘びた茶道具。ここには、一方向の影響関係に収束しない複雑な中景が示されている。

駿牛図 12~14世紀 重要文化財 文化庁蔵

 前面に大きく描かれた近景の事物越しに遠景を臨む、近像型構図(成瀬不二雄)や、すだれ効果(田中英二)といった北斎に特徴的なあの構図は、「中景の脱落」(稲賀繁美)を伴う。だがそのパッと見の奇抜さに惹かれるあまり、影響関係の中景まで見落としては元も子もない。例えば「日本の美」総合プロジェクト懇談会の、近現代の日本文化と縄文とを 短絡 ショート させた「日本の美」の定義の仮構性こそ、批判的に検証されるべきだろう。

東洲斎写楽 二世瀬川富三郎の大岸蔵人の妻やどり木と中 村万世の腰元若草 17~19世紀 和泉市久保惣記念美術館蔵蔵