散歩の道連れ
筆者が初めて西村有に出会ったのは、2024年にポンピドゥ・センターが作品を収蔵した頃だった。同センターの国立近代美術館副館長でコレクションを担当するジャンヌ・ブリュヌは、新収蔵品の展示に際し、その画面に宿る独特の運動性について語った。西村が描く人物や風景は、写真的なイメージを出発点としながら、生成の途上にあるものとして現れる。何かが見え始める瞬間と消え去る瞬間がひとつの画面に同居している。その印象は今回の個展でも変わっていない。
西村は日々の散歩で出くわす風景や人の営み、鳥や草木などの存在を写真で記録している。それらはときに制作の起点となるが、単純な再現へ向かうことはない。周縁にあったものが中心へと浮かび上がることもあれば、焦点がぼやけ、輪郭だけが残ることもある。人物も、見つけた写真や記憶を手がかりに、画面の前で独自の像が立ち上がるのを待つように描かれるという。性別や年齢は判然としない。ときに複数の人物がドラマティックに重なり合い、ひとりの肖像でも、目や口もとに残る描き直しの痕跡が、像を生のただなかに漂わせる。

会場のラファイエット・アンティシパシオンは、ポンピドゥ・センターから徒歩圏にある。ギャラリー・ラファイエット財団による現代アートセンターだ。19世紀末の旧倉庫の外観のうちに、レム・コールハース率いるOMAが手がけた可動式フロアを内包する。この特異な空間で、鑑賞者は水紋のような二重の回廊をたどり、西村が手がけた大小の油彩やテンペラによる人物や動植物、風景の断片と出会う。自転車や車窓といったモチーフも現れ、歩く、立ち止まる、通り過ぎる、遠くを眺めるといった異なる所作のリズムが交じりあう。
本展の開催が決まったのは約1年前。館内を案内してくれたキュレーターのエルザ・クストゥは、2025年末にパリの所属ギャラリー、クレヴクールが市内2会場で同時開催した個展を振り返りつつ、本展を、日本を拠点にする作家の制作環境に寄り添う「海」へ向かう道として構想したと説明した。実際、西村の絵には、聞こえなくとも頭のなかで響き続ける波音のような存在が多く登場する。また、それらは鑑賞者の記憶やまなざしを受け止める器のように佇む。
展示は出品作のなかでもっとも古い作品の《factory》(2018)から始まる。緑の山並みを背に、白いボリュームと黒い直線で描かれた工場が浮かぶ海景を、薄く溶いた絵具の層や垂れた痕が湿らせ、車窓から一瞬とらえたように揺らがせている。続く猫や犬の小さな肖像は、どれも驚いた顔でこちらを見つめる。《gaze》(2023)で人物は物思わしげな視線を向け、その頬には幽霊のように透き通る猫と犬が重なる。西村にとって「肖像」は人の顔に限らず、風景や動物にも宿る気配だという。眺めていた私たちは見返され、その往還が会場をひとつの「心的風景」にしていく。





























