「丸木スマ展 73歳からのアーティスト」(滋賀県立美術館)開幕レポート。壮絶な人生から生まれた作品が現代に語りかけるものとは?
第8章「丸木スマ的曼荼羅」の展示風景より、《簪》(1955) 第1章「スマ、73歳絵を描く」の展示風景。満面の笑みを浮かべるスマの写真と赤松俊子(丸木俊の旧姓)によるスマにまつわるテキスト。会場ではテキストの朗読も聞くことができる 第2章「ひらく、スマの世界」の冒頭を飾る《夕暮れの畑》(1956) 第2章では「野菜・果物」「花・植物」「スマさんのペット」「生き物」「風景・暮らし」といった5つのトピックで作品が展示されている 「再興第37回日本美術院展」(1952)の入選作品。左はスマによる作品群、右はスマと同時期に入選した小倉遊亀の《娘》(1951) 「第38回日本美術院展」(1953)に入選したスマによる《きのこ》 写真は、「《原爆長崎之図 浦上天主堂》制作中の丸木位里と後ろから見つめる丸木スマ」(1953-54頃) 式場隆三郎が所持していたスマの作品《柿もぎ》(1949) 第6章「ピカドン」の展示風景。右奥ではスマが残した被爆体験記「老いたる隠亡」(*)の言葉を投影している *「隠亡」は不適切用語として現在は使用されていない言葉だが、本展では当時の記述として記録性を担保するためにそのまま使用している 第8章「丸木スマ的曼荼羅」の展示風景より、《簪》(1955) 第9章「絵は誰でも描ける」に設置された創作スペース 13 / 16
編集部