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「版画家レンブラント 挑戦、継承、インパクト」展(国立西洋美術館)開幕レポート。レンブラントが追求した銅版画の可能性とその影響をたどる

レンブラント・ファン・レイン《書斎の学者(ファウスト)》(1652頃)エッチング、ビュラン、ドライポイント 国立西洋美術館
左から、エドメ=フランソワ・ジェルサン『レンブラント全作品のカタログ・レゾネ』(1751)、アダム・フォン・バルチュ『レンブラントおよび主要模倣者による全版画作品のカタログ・レゾネ』(1797)。18世紀半ばよりレンブラント版画の収集熱が高まった。初のカタログ・レゾネはジェルサンにより編纂された
壁面左から、ヘンドリク・ホルツィウス、コルネーリス・コルネーリスゾーン・ファン・ハールレムにもとづく《竜に噛まれるカドモスの部下》(1588)エングレービング、ヤン・ファン・ドゥーテクムおよびリュカス・ファン・ドゥーテクム、ピーテル・ブリューゲル(父)にもとづく《大風景画:深い谷のあるアルプスの風景》(1555-56頃)エッチング、エングレーヴィング ともに国立西洋美術館。手法の違いを知ることができる参考出展作品。ケース内は銅版画の素材や道具等の資料
レンブラント・ファン・レイン《自画像、口を開けた顔》(1630)エッチング レンブラント・ハウス美術館。ほかにもレンブラントは様々な表情の自画像を制作した
左から、レンブラント・ファン・レイン《木製の義足をつけた貧窮者》(1630頃)エッチング、《ヒョウタンを持つ貧窮女性》(1629頃)エッチング ともにレンブラント・ハウス美術館。都市に生きる貧しい人々の姿をレンブラントは積極的に画題とした
レンブラント・ファン・レイン《百グルデン版画》(1648頃)和紙にエッチング、ドライポイント、ビュラン 国立西洋美術。当時の一般的な労働者の数ヶ月分の給与に匹敵する100グルデンで取引きされたため、このような画題で呼ばれるようになった
レンブラント・ファン・レイン《カーテンの前に座る裸の男》(1646)エッチング。弟子たちとともスケッチをしながら即興的に制作されたと考えられている
左から、レンブラント・ファン・レイン《窓辺でエッチングを制作する自画像》(1648)、ゲオルグ・フリードリヒ・シュミット《窓の蜘蛛を伴う自画像》(1758)
左から、レンブラント・ファン・レイン《ライオン狩り(大)》(1641)、フランシスコ・デ・ゴヤ《〈闘牛技〉5:勇壮なモーロ人ガスールは、規則に従って牡牛を槍で突いた最初の男》
左から、アドルフ・マルシアル・ポテモン《腐蝕銅版画家協会本部》(1864)エッチング 個人蔵、ジュール・ジャックマール《『腐蝕銅版画家協会集:近代の銅版画』第1集扉(エッチングのめざめ)》(1863)エッチング 町田市立国際版画美術館。エッチングの価値向上に大きな役割を果たした腐蝕銅版画家協会の隆盛を伝える資料
レンブラント・ファン・レイン《書斎の学者(ファウスト)》(1652頃)エッチング、ビュラン、ドライポイント 国立西洋美術館
シャルル・ブラン『レンブラント全作品の記述と注釈』(1873)レンブラント・ハウス美術館。レンブラントの当時判明していた全版画と絵画作品が収録されていたカタログレゾネ 
アルベルト・ジャコメッティ《左:〈セザンヌ夫人の肖像〉の模写、右:レンブラント〈窓辺でエッチングを制作する自画像〉の模写》(1956)紙に鉛筆 国立西洋美術館。ジャコメッティはレンブラントを尊敬しており多くの模写を残した
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編集部