第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展(企画展)レポート

ラテンアメリカ出身かつクィアを公表する初の芸術監督アドリアーノ・ペドロサ率いる、第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展が4月20日に開幕した。西洋美術史のかたよった視座をあらためて問い、そこでの「外国人」の存在に注目。企画展「Stranieri Ovunque / Foreigners Everywhere(どこでも外国人)」に選ばれた330組ものアーティストとその作品が示す世界観について、企画展と国別パビリオンの2回に分けて現地レポートをお届けする。

文・撮影(クレジット表記のない写真)=飯田真実

ジャルディーニ・セントラルパビリオン正面を鮮やかに覆った壁画は、ブラジルの先住民アーティストが2005年に結成したMAHKUコレクティブによる。ベーリング海峡をとおってアジア大陸とアメリカ大陸を渡るための「ワニの橋」と呼ばれる神話《Kapewë pukeni》が描かれている。Photo by Matteo De Mayda

「外国人」は誰? 美術史のインクルーシブ

 オーバーツーリズムが再び問題になっているヴェネチアで、「Foreigners Everywhere」という今年のビエンナーレのテーマが、アカデミア橋やヴァポレットの船体に掲げられている。街中では、今日も戦渦にあるウクライナとパレスチナへの連帯を示す展示が開催されているという。イスラエルとイランと米国は皆ビエンナーレの国別パビリオン参加国だ。各地の女性や子供の生活などを思いつつ、アルセナーレ会場に着いた。

 もともと、ラグーナで守られたこの浮島にヴェネチア共和国を栄えさせたのは、古代ローマから避難してきた難民だった。近隣国に統治されたのち、イタリア王国になるとほかの宗主たちと植民地拡大を競った。ファシスト政権時には伊領東アフリカとして、今回国別パビリオン初参加のエチオピアなどを制覇していた。さらに、国内南部で貧困化が進むと、まとまった数の民が北米の東海岸北西部や南米ブラジル・アルゼンチンに渡った。20世紀中頃のイタリア系アメリカ人コミュニティの葛藤は、ハリウッド映画でも語られよく知られているだろう。

 このように誰もがどこでも外国人であるにもかかわらず、よそ者は奇妙(*1)とみなされてきた。そんな彼らに世界最古かつ最大規模の国際美術展出展という大役が回ってきたのだ。自国にいても疎外されやすく、移民(国外居住者、離散者、難民、亡命者など)であるアーティスト、移民でなくともペドロサのように南北を移動する特権階級にあるアーティストも含まれる。

企画展「どこでも外国人」より、アルセナーレ会場入り口。ネオン作品は、2004年にフランスで結成されたクレール・フォンテーヌの《Foreigners Everywhere(Self-portrait)》(2024)。先住民の言語を含む53ヶ国語で展開、本展内3つの異なる場所に吊るした。手前は、多様な技法で人種や階級の違いと文化的アイデンティティを考察しているナイジェリア系英国人アーティストのインカ・ショニバレによる《Refugee Astronaut VIII》(2024)

「Nucleo Contemporaneo(現代核)」と「Nucleo Storico(歴史核)」

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