• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • ルーヴル美術館のコレクションを通して多様な「愛」の表現を味…
2023.3.1

ルーヴル美術館のコレクションを通して多様な「愛」の表現を味わう

ルーヴル美術館の膨大なコレクションから「愛」をテーマにした73点の絵画を紹介する「ルーヴル美術館展 愛を描く」が国立新美術館で始まった。本展の見どころをレポートする。

文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、左はジャン=オノレ・フラゴナール《かんぬき》(1777-78頃)
前へ
次へ

 古代以来、西洋美術の根幹をなすテーマのひとつである「愛」。ルーヴル美術館の膨大なコレクションから精選された「愛」をテーマにした73点の絵画を一堂に展示する「ルーヴル美術館展 愛を描く」が、国立新美術館で開幕した。

 本展は、ルーヴル美術館絵画部門学芸員のソフィー・キャロンと国立新美術館主任研究員の宮島綾子が共同で企画したもの。古代神話からキリスト教の主題、そして19世紀ロマン主義の悲劇まで、約3世紀にわたる西洋絵画の名品が集まる展覧会だ。

展示風景より
展示風景より

 会場は、プロローグ「愛の発明」に加え、第1章「愛の神のもとに──古代神話における欲望を描く」、第2章「キリスト教の神のもとに」、第3章「人間のもとに──誘惑の時代」、第4章「19世紀フランスの牧歌的恋愛とロマン主義の悲劇」の全4章構成。プロローグでは、古代ギリシア・ローマとキリスト教という、ヨーロッパ文化の大きなふたつの源流にフォーカスしている。

 例えば、ギリシア神話ではエロス、ローマ神話ではキューピッド、または愛を意味するアモルの名で呼ばれる愛の神が射た矢が心臓に当たった瞬間に愛の感情が生まれることを象徴したフランソワ・ブーシェ《アモルの標的》(1758)と、神がつくった最初の人間アダムとそのあばら骨からつくられた最初の女性エバを描いたピーテル・ファン・デル・ウェルフ《善悪の知識の木のそばのアダムとエバ》(1712以降)は、それぞれの源流における「愛の誕生」を表す好例だ。

展示風景より、フランソワ・ブーシェ《アモルの標的》(1758)
展示風景より、ピーテル・ファン・デル・ウェルフ《善悪の知識の木のそばのアダムとエバ》(1712以降)

 第1章と第2章は、タイトルが示すようにそれぞれ古代神話とキリスト教における様々な愛の表現をたどるもの。愛が強烈な欲望と一体化する神話画での愛の描写に対し、キリスト教では、孝心をはじめとする親子愛や、自分を犠牲にする愛、人間に対する神の愛などがしばしば強調されている。

第1章の展示風景より、左からピエール・ミニャール《パンとシュリンクス》(1685-90頃)、ミシェル・ドリニー《パンとシュリンクス》(1657)
第2章の展示風景より、左からリオネッロ・スパーダ《放蕩息子の帰宅》(1615頃)、シャルル・メラン《ローマの慈愛》、または《キモンとペロ》(1628-30頃)

 本レポートでは、展覧会の後半である第3章と第4章に出品された2作品に重点を置いて紹介していきたい。ひとつ目は、18世紀フランス絵画の至宝とされ、26年ぶりの来日となったジャン=オノレ・フラゴナールの《かんぬき》(1777-78頃)。宮島主任研究員が、展覧会企画の最初の段階で「もっとも出品してほしいと思った」という作品だ。

 これまでの神話画や宗教画とは異なり、18世紀のフランスでは現実世界に生きる人間たちの愛が盛んに描かれるようになり、上流階級の男女が恋の駆け引きに興じる優雅な情景がひとつの大きな画題となった。

 同作では、情熱と欲望に駆られた男性が扉にかんぬきをかけ、男性に抱き留められた女性が男性の誘いを拒もうとしているか、身をゆだねて陶酔しているかのような瞬間が描き出されている。また画面には、かんぬき(男性性器の暗示)、壺とバラの花(女性性器・処女喪失の暗示)、乱れたベッドなど、愛の営みを象徴する事物が描かれているいっぽうで、テーブルの上のリンゴは、エバの誘惑と原罪をも連想させる。

ジャン=オノレ・フラゴナール かんぬき 1777-78頃 キャンバスに油彩 74x94cm パリ、ルーヴル美術館
Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Michel Urtado / distributed by AMF-DNPartcom

 宮島は、「同作が描かれた約10年後にフランス革命が起き、時代の道徳観が劇的に変わっていく。以降、同作のような男女の恋愛模様やエロティックな場面を描いたものに対して非難される時代に移っていく」と説明する。

 また、同作が前回来日した1997年に比べて作品が描かれた文化的や社会的な環境についての研究も進められているという。「18世紀のフランスでは、一部の上流階級で知的エリートのあいだでリベルティナージュと呼ばれる、自由奔放な性的快楽を肯定する風潮が流行した。その裏には、それまで人々のモラルを支配してきたキリスト教の権威に対する反発や批判精神があったとされている。フラゴナールの特徴は、一義的には解釈できないような曖昧さが一瞬の画面のなかに視覚化されているところ。その複雑で繊細な曖昧さをぜひ一人ひとり考えながら、豊かに味わっていただけたら」(宮島)。

展示風景より、右はジャン=オノレ・フラゴナール《かんぬき》(1777-78頃)

 もうひとつ紹介したいのは、第4章に展示されたクロード=マリー・デュビュッフの《アポロンとキュパリッソス》(1821)だ。アポロンと美少年キュパリッソスの愛の神話をテーマにしたこの作品では、可愛がっていた牡鹿をうっかり殺してしまい、悲嘆に暮れるキュパリッソスの頭をアポロンが優しく支えるシーンが描かれている。筋肉の凹凸の表現が抑えられたキュパリッソスの裸体は両性具有的に感じられており、当時の人々にとって成熟の途上にある思春期の若者の理想的な身体表現だったという。

展示風景より、左はクロード=マリー・デュビュッフ《アポロンとキュパリッソス》(1821)

 宮島は、「1790年代から1820年代まではフランス美術のなかでかつてなく、男性同士の愛の主題が取り上げられた時代だった」と話す。フランス革命の勃発(1789年)を受けて身分制が解体され、現代社会のジェンダー秩序の基盤となった男女の役割分担が形成されていった。そのなかで男性性のアイデンティティが揺らぎ始め、女性に託す性的な魅力を男性同士の愛の形式でも表現されたとされている。

 「我々がいま考えているクィア・アートが生まれた文脈とは違うが、その時代のフランス美術に関する研究はこの30年間非常に進んできた。だから、もう少し前の『愛』の展覧会だったら取り上げられなかったこの作品をぜひ紹介したいと思った」(宮島)。

 愛をテーマにした芸術はあらゆる時代に描出されており、時代の進化につれて愛の概念や解釈も変わっていく。この普遍的なテーマにまつわる多様な表現をルーヴル美術館の名品で味わえる機会をぜひお見逃しなく。

展示風景より、フランソワ・ジェラール《アモル とプシュケ》、または《アモルの最初のキスを受けるプシュケ》(1798)