東京・目黒の目黒区美術館では、開館35周年を記念して「トイコレクション」「画家の画材・道具」「画材と素材の引き出し博物館」といった、その特色ある教材や資料のコレクションを紹介する展覧会「美術館はおもちゃ箱・道具箱」を開催している。会期は8月28日まで。
1987年に目黒区民センター公園の一角に開館した目黒区美術館は、日本人画家が海外で学んでいた際に制作した作品や、国際展を中心に高い評価を得た戦後作家、そして目黒区ゆかりの作家の作品をコレクションしてきた。
いっぽうで、開館準備段階から教育普及活動に重点を置き、エントランスホールに隣接するかたちでワークショップルームを配置。様々な教育普及プログラムを実施してきたことも同館の大きな特徴となっている。
こうした教育普及の観点から、目黒区美術館が続けてきたのが教材・資料のコレクションだ。優れたデザインの「トイ」や、画家たちが制作に使っていた画材や道具を収集。また。同館がオリジナルで制作した画材や素材の特徴をまとめた「画材と素材の引き出し博物館」といった独自の教材も有している。
本展はこうした目黒区美術館を強く特徴づけるコレクションを、開館35周年を機に一挙に紹介する展覧会となっている。
展示内容を紹介したい。「トイコレクション」の展示では、同館が収集してきたカラフルなトイのコレクションを一堂に見ることができる。紙や木を素材とした、デザイン的に優れた150点を超えるトイが展示されており、目にも鮮やかだ。
例えば、家具職人のクルト・ネフが創業したスイスの木のおもちゃメーカー「Naef(ネフ社)」のトイの数々。鮮やかな色が目にも楽しいが、一つひとつの造形は独創的であり、木の加工精度の高さもうかがうことができる。デザイン的な観点からも、多くの示唆に富む作品群だ。
また、ブルーノ・ムナーリやエンツォ・マーリ、柳宗理といった著名なデザイナーによるものや、バウハウスの依頼によりネフ社がつくった玩具など、いちプロダクトにとどまらない、作家性や思想が投影されたトイの数々も目を引く。
1995年に同館で発足した「トイコレクション ボランティア チーム」についても触れておきたい。このボランティアチームは同館のトイコレクションに実際に触れながら、コミュニケーションとともに大人から子供までが学ぶ機会を提供してきた。本展においても、1階の「トイプレイコーナー」(会期中の土、日、祝日の13時〜16時)はこのボランティアチームが担当しており、こうした活動も含めて、コレクションの価値になっていることがよくわかるはずだ。
「画家の画材・道具」の展示もユニークだ。先にも述べたとおり、同館のコレクションの軸には「日本人画家が海外で学んでいた際に制作した作品」というものがあるが、その収集過程において画家たちが実際に使っていた道具や画材もコレクションに加わえてきたという。
会場には、同館がコレクションしている伊原宇三郎、成井弘、若山為三、古沢岩美の4人の画家が使っていたイーゼルが並ぶ。ひとくちにイーゼルといってもそれぞれに個性があり、また付着した絵具などからは画家たちの筆跡の一端を感じることもできるだろう。
ほかにも、木製の大型パレットやスケッチ箱、筆、絵具など、画家たちが実際に使用していた品々が展示されている。筆ひとつとってみても、画家が自ら毛を切る、あるいは固まった状態のまま使うなど、目的や作風に合致したかたちでアレンジしていたことがわかるはずだ。
抽象表現主義の画家として知られる岡田謙三のアトリエにあった、紙などの切れ端をコラージュのようにして、エスキースとして展示したものも興味を引く。画家のアトリエの端々に存在していたであろう作家が生きた痕跡を、垣間見ることができる。
「トイ・コレクション」と 「画家の画材・道具」のあいだに挟み込まれるように展示されているのが「画材と素材の引き出し博物館」の展示だ。この「引き出し博物館」は、移動できる木製のボックスのなかに標本箱のような引き出しが複数収められており、それらを取り出して展示したり、ワークショップで使用することができる同館独自の教材だ。
同館開館当初の学芸員が考案したという「引き出し博物館」は、それぞれ「画材」「素材─木」「素材─紙」「素材─金属」といったテーマが設けられ、そのなかには絵具の素材や様々な画材、支持体、木や紙の種類などが分類され、収められている。本展ではこうした引き出しを一挙に公開することで、作品を分解し分析的にとらえることのおもしろさを知ることができる。
以上に紹介したような展示を見れば、同館が教育普及の観点から独特のコレクションを形成してきたことがよくわかるはずだ。トイも「画材・道具」も、手で触れて、発想をかたちにするための媒体として機能する。何かをつくりだすことの根幹について、具体的な展示をもって思い出させてくれる希少な展覧会だ。