2021年、107歳で惜しくもこの世を去った篠田桃紅(1913〜2021)。その没後1年となる今年、首都圏では初となる回顧展「篠田桃紅展」が東京オペラシティ アートギャラリーで始まった。会期は6月22日まで。
篠田桃紅は中国大連に生まれ、東京育った。幼少より書に親しみ、1940年に銀座鳩居堂で初の書の個展を開催。自由な表現を志したものの、当時は酷評されたという。その後、敗戦と病からの療養を経て47年頃より「文字」に囚われない抽象的な作品を手がけるようになった。56年には単身渡米し、ニューヨークで約2年にわたり活動。抽象芸術と日本の前衛書が時代の先端で響きあうなか、その表現は大きな注目と高い評価を獲得していった。
帰国後は、書と絵画、文字と形象という二分法にとらわれない、墨による独自の抽象表現、空間表現を確立。ときに建築的なスケールにまで及ぶ制作によって、他の追随を許さない位置を占めた。
篠田は70年を超える活動を通して、前衛書から墨による独自の抽象表現の領域を切り拓いた。本展は、その長きにわたる活動の全貌を、資料を含む約130点によって一望するものだ。
本展を担当した東京オペラシティ アートギャラリー学芸員の福士理は篠田を「引き出しに収まりにくい人物」だと評する。「篠田の魅力は限りなくあるが、例えば画面の中で完結せず、周囲の空間、我々の空間や時間の体験を変容させる力が大きく、強い。時に饒舌にも、寡黙にもなりながら、空間を通して我々の五感に語りかける。そのことにブレはなく、その目的を優先するため一点一点の完成度にはおおらかなところがあるが、そういうところが軸が定まった、息の長い制作のできる稀有なアーティストなのではないか」。
会場を眺めればその言葉に頷くことになるだろう。展示は時系列となっており、初期から晩年までの作品を紹介。判読可能な「文字」を書いていた初期から、太い線や面による構成でダイナミックな抽象表現に到達した50年代、ひとつのモチーフを徹底して探求した連作まで、作風の変遷をたどることができる。
篠田は「火」「祭」「昏」など同じ主題の作品を年月を飛び越えてつくりだした。本展ではそうした同名作品を見比べ、違いを見つける楽しみもある。
「書」や「美術」といったジャンルに囚われることなく独自の表現を探求した篠田桃紅。前出の福士は「前衛書のイメージ、本人のキャラから離れ、作家として何をしたかをしっかり振り返る機会になれば」と語る。その広い射程と現代性を、展示を通じて体感してほしい。