愛くるしく魅力的な動物たちが、美しい自然のなかで織りなすウィットに富んだ物語「ピーターラビット」シリーズ。ビアトリクス・ポター(1866〜1943)によって生み出された作品は、1902年刊行の『ピーターラビットのおはなし』を皮切りに120年を経たいまなお、絶大な人気を誇っている。そんなピーターラビットの歴史を振り返るのが、世田谷美術館で始まった「出版120周年 ピーターラビット™展」だ。
ロンドンの裕福な家庭に生まれ、幼い頃から絵を描く才能を発揮し、とくに小動物を好んで描いていたビアトリクス。第1章は、ピーターラビットが生まれる以前のビアトリクスの表現に迫るものだ。
ビアトリクスは22歳のときに雄のウサギを購入し、ベンジャミン・バウンサーと名付けかわいがった。1892年、ベンジャミンが死んでから飼い始めたのが雄のウサギ、ピーター・パイパーだった。ビアトリクスはベンジャミンとピーターをモデルに鉛筆でスケッチを残しており、会場ではその一部を見ることができる。繊細な筆遣いからはウサギ特有の柔らかさがよく伝わってくる。また、ベンジャミンをもとにしてデザインされたグリーティングカードの原画などからも、ウサギへの強い愛が感じられるだろう。
ビアトリクスが挿絵画家として仕事を始めた頃、元家庭教師の息子、ノエル・ムーアの療養を見舞うため、いたずら好きなウサギのピーターについての絵手紙を送ったことから始まったのが「ピーターラビット」シリーズだった。第2章「ピーターラビットのお話」では、この手紙の実物が日本初公開。生き生きとした物語の世界が、この絵手紙からは垣間見える。
ビアトリクスはこの絵手紙をもとに絵本をつくり、出版社に持ち込むが、事はうまく進まなかった。そこで1901年に出版されたのが『ピーターラビットのおはなし』の私家版だ。
その後、ロンドンの出版社フレデリック・ウォーン社が1902年に『ピーターラビットのおはなし』を出版。初版8000部はすぐに完売し、ベストセラー作家の道を歩み始める。この出版に至るまでの校正のやりとりが記された書簡、そして初版本も会場には並ぶ。
また、この章では『ピーターラビットのおはなし』の貴重な挿絵原画34点を一堂に展示。これだけ集まるのは日本初の機会だという。小さな紙の中に展開される豊かなピーターラビットの物語に目を凝らしてほしい。
1902年から1930年まで出版されたピーターラビットシリーズは23作品を数え、全世界での発行部数は2億5000万部を超えるロングセラーとなっている。 このシリーズ23作品のうち、ピーターラビットが登場するのはじつは7作品のみ。第3章「ピーターラビットと仲間たち」では、この7作品から『ベンジャミン・バニーのおはなし』や『はりねずみティギーのおはなし』『プロプシーのこどもたち』『きつねのトッドのおなはし』などの草稿や初版が並ぶ。
ビアトリクスは絵本だけではなく、ピーターラビットの様々な関連商品も手がけており、絵本のキャラクターを商品化するための特許を取得したのは、ビアトリクスが最初だとされている。またビアトリクスはイギリスの湖水地方の景観を守ることにも情熱を注ぎ、著書によって得た収入を元に広大な土地を次々と購入。その死後、ほとんどすべての土地と建物はナショナル・トラストに寄贈された。
グッズが出続けることで絵本も続く、という考えがあったというビアトリクス。第4章「広がるピーターラビットの世界」では、ピーターラビットのぬいぐるみの特許証(1903)や1905年のぬいぐるみ、ビアトリクスが発案した「ピーターラビットの追いかけっこゲーム」、ステンシルプレート、ビアトリクスが監修したグッズまでを展示。いかにピーターラビットの世界が広がっていったかがわかる。
なお、第4章には特大のバースデーケーキが登場。ピーターラビットの世界を体験できるイギリス湖水地方のテーマパーク「The World of Beatrix Potter Attraction」が本展のために特別に制作した、高さ1.8メートルのバースデーケーキで、ピーターラビットの誕生日を来場者と一緒に祝うというものだ。
日本初公開作品を含むおよそ170点を一挙展示する本展。2016年に開催されたビアトリクス・ポター生誕150周年展覧会とは異なり、ピーターラビットそのものにフォーカスした展覧会となっている。世界中で愛されるピーターラビットの魅力に浸ってほしい。本展は今後、あべのハルカス美術館(7月2日~9月4日)、静岡市美術館(9月15日~11月6日)に巡回する。
PETER RABBIT™ & BEATRIX POTTER™ © Frederick Warne & Co., 2022