箱根のポーラ美術館にとって、ターニングポイントとなる展覧会が始まった。「ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?」展は、現代美術の世界においてもっとも重要なアーティストのひとりであるロニ・ホーンの日本初となる美術館個展であり、ポーラ美術館が大型企画展としては初めて同時代の作家を単独で取り上げるものだ。
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ロニ・ホーンは1955年生まれで、現在はニューヨーク在住。写真や彫刻、ドローイング、本など多様なメディアで作品を制作しており、これまで、ポンピドゥー・センター(パリ、2003)をはじめ、テート・モダン(ロンドン、2009)、ホイットニー美術館(ニューヨーク、2009-2010)、バイエラー財団(リーエン、スイス、2016および 2020)、グレンストーン美術館(ポトマック、 アメリカ、2021)など、世界有数の美術館で個展を開催してきた。
ホーンは初期から一貫して「自然」をモチーフに作品を制作。1975年から今日まで継続して、人里離れた辺境の風景を求めてアイスランド中をくまなく旅しており、ここで経験した「孤独」が、ロニ・ホーンの人生と作品に大きな影響を与えているという。
本展では、近年の代表作であるガラスの彫刻作品をはじめ、1980年代から今日に至るまでの約40年間におよぶ実践の数々が展示されている。なかでも、もっとも象徴的な作品は「ガラス彫刻」シリーズ(2018-2020)だろう。一見、水を湛えた器のように見える作品群だが、じつは数百キロものガラスの塊。膨大な時間をかけてできあがるガラスの塊は、灼熱のマグマが流れて固まり、地面を形成したアイスランドの大地や地層をも想起させる。
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窓のある開放的な展示室には8点が設置されている。静と動、穏やかさと荒々しさ、表層と深淵、透明感と重量感といった、相反する性質を内包する作品群と静かに向き合いたい。それぞれに付けられたユニークなタイトルにも注目だ。
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ホーンにとって重要なメディアである写真からは、代表的なシリーズ《あなたは天気 パート2》(2010-2011)を見ることができる。
100枚ものポートレートが展示室の四方を取り囲むこの作品は、アイスランドの温泉で6週間にわたって女性の表情を記録し続けたもの。真っ直ぐこちらを見つめる女性の顔の数々だが、そこには100通りの表情がある。「同じように見えるものの中にこそ、絶え間ない変化が潜む」ということを示すこの作品群。1点1点じっくり鑑賞したい。
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また、同じ写真作品では、北アイルランドで7年にわたり撮影された45点の写真からなる《円周率》(1997/2004)も見逃せない。野生の鴨の巣跡から手作業で羽毛を集めることを生業とするビョルソン夫妻の営みが、展示室に円環を描くように展示。繰り返される生活や命の循環を見出すことができる。
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ホーンによってもっとも身近な表現形態だというドローイングは、1982年から今日まで一定して継続される唯一の形式。本展の一室を占める7点のドローイング作品は、高さ約3メートルにおよぶ。そこに記された手書きの記号や印、あるいは紙の切れ目からは、この巨大作品が一度ばらばらに切断され、再び組み合わされたものであることがわかる。
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今回は展示室の外も見逃せない。日本有数の温泉地である箱根は、アイスランドとも共通する点が多い地域だ。ホーンは今回、美術館屋外の森にも大きなガラス彫刻作品を設置した。あえて遊歩道近くではなく、森の中に分け入った場所に設置された本作《鳥葬》(2017-2018)は、今後もこの場所に常設展示。膨大な時間をかけ、風景のなかへと溶け込んでいく。
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このほか、会場にはアメリカを代表する詩人、エミリ・ディキンスンが描いた手紙の言葉の中から選んだテキストを作品化した《エミリのブーケ》(2006-2007)をはじめ、アイスランドとの関係の重要性を示す刊行物のシリーズ《トゥー・プレイス》(1989-)、ルイジアナ近代美術館で行われたパフォーマンスを収録した映像作品《水と言う》(2021)、テムズ川の水面を写した15点の写真からなる《静かな水(テムズ川、例として)》(1999)などが展示。ロニ・ホーンのこれまでから現在までをたどることができる内容となっている。
コロナ禍にも関わらず来日したホーンは、本展を振り返り「美術館のキュレーターたちと共同してつくり上げたのが素晴らしい経験だった。インスタレーションの質が素晴らしく、結果には大変満足している」と語る。自然とともにあり続け、対話してきたロニ・ホーンの作品。これらを自然豊かなポーラ美術館で鑑賞する体験は何ものにも代えがたいだろう。
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