アメリカ・サンフランシスコに生まれ、シカゴのインスティテュート・オブ・デザイン(通称ニュー・バウハウス)で学んだのち、対象の構図や空間の特性までもとらえた作品で世界的に高い評価を得た写真家・石元泰博(1921〜2012)。その生誕100年を記念した展覧会「生誕100年 石元泰博写真展 伝統と近代」が、東京オペラシティ アートギャラリーで開幕した。会期は10月10日〜12月20日。
石元の生誕100年にあたり、今年は同館のみならず、東京都写真美術館や高知県立美術館でも石元の回顧展が共同開催。東京オペラシティ アートギャラリーの本展示では「伝統と近代」を切り口に、作家活動の前半に軸足を置いて作品を紹介している。
展示では、シカゴで撮影された初期作品から、東京の都市写真、代表作のひとつとなる京都の桂離宮を始めとする建築写真、ポートレート、消費社会への批判的視点が込められた静物写真など、多彩な対象を写した作品を全16章に分けて紹介する。
まず、展覧会の冒頭では、石元の制作の原点となったシカゴ時代の初期作品を紹介。写真クラブでのサロン写真や、インスティテュート・オブ・デザイン在学中の実験的な作品など、石元のモダニズムの源流を知ることができる。
また、生涯に渡って撮りつづけることとなった、シカゴを写した都市写真も多数並ぶ。躍動的な子供たちの姿や、路上で石元が見出した不可思議な造形など、人から人工物に至るまで、その視点の多様さが伝わってくる。
58年〜61年にかけても石元はシカゴに長期滞在し、多くの写真を残している。当時のシカゴは100年に一度と言われた大規模な再開発を終えたあとで、都市の変貌やそこに暮らす人々の息づかいが、より洗練された視点で写し出されている。
石元は1953年に初来日して以来、東京の街もシカゴと同様に撮り続けた。都市に対する鋭い造形意識により切り取られた東京は、いまなお新鮮なイメージを提示し続けており、同展では高度経済成長期、大学紛争、バブル経済など、東京が経験してきた時代の変転を、石元の視点によりたどることができる。
石元のキャリアにおいては、建築写真も大きな位置を占めることになる。石元の評価を不動のものにしたといえる「桂離宮」のシリーズや、丹下健三、磯崎新、黒川紀章といった建築家との交流から生まれた建築写真の数々は、モダニストとしての石元の表現の白眉とも言えるだろう。
石元の興味は、地方の暮らしや民俗芸能などにも及ぶ。地方の暮らしやそこに息づく民俗芸能を取材した作品からは、近代を日本の周縁からとらえようとする試みが見て取れる。さらに石元は、イスラム寺院の空間と文様や、京都・東寺の《伝真言院曼荼羅》、伊勢神宮にも題材を得るようになり、宗教的・伝統的な空間にもそのまなざしが注がれるようになる。
なかでも、今回の展示でとくに注目したいのは、大阪の国立国際美術館が所蔵している、東寺の曼荼羅を写した大型プリント作品118点の一挙公開だ。同館の天井高のあるスペースを活かすかたちで展示されたカラー作品は、仔細な曼荼羅のディティールのみならず、石元が造形としていかに曼荼羅をとらえていたのかを知る手がかりとなるだろう。
展示の終盤で提示される「食物誌/包まれた食物」シリーズは、石元が見つめ続けた近代に対する目線の鋭さを改めて確認することができる。ラップをされてスーパーにならんだ食材をとらえた同シリーズは、現代美術のアプローチにも通じる、近代がかたちづくった消費社会への批判的なまなざしを強くうかがえる。
モダニズムに立脚しながら、カメラのレンズを通してその視線を研ぎ澄ましていった石元。多様な素材を扱いながらも、一貫して持ち続けた確かなまなざしに触れることができる展覧会だ。