2021年1月に閉館が決定している原美術館が、その最後の展覧会である「光―呼吸 時をすくう5人」展をスタートさせた。
新型コロナウイルス感染症で世界の情勢が翻弄され、日々のささやかな出来事や感情がおぼろげになっているなか、視界から外れるものを心に留め置く、という試みから企画された本展。今井智己、城戸保、佐藤時啓の写真を中心にする作品に加え、同館のコレクションから佐藤雅晴とリー・キットの作品が展示されている。
1階入口すぐのギャラリーIでは、香港出身のアーティストで、現在台北を拠点に世界各国の美術館やギャラリーで滞在制作を行っているリー・キットのインスタレーション《Flowers》(2018)が展示されている。
本作は、リーが2018年に原美術館で行った個展「僕らはもっと繊細だった。」で展示されたもので、後に同館のコレクションに加わった。人工光と展示室に差し込む自然光を用いた静謐なインスタレーションは、本来の自然や建築空間に呼応している。
1階廊下とギャラリーIIでは、昨年40代半ばで早世した佐藤雅晴の作品に注目したい。写実映像にアニメーションをトレースした作品には、写実とアニメの微かな差異が見られており、虚実の曖昧な視覚体験で見る者を魅了する。
これらの作品は、佐藤が5年前にオリンピックへと向かう東京の姿を撮影しトレースしたシリーズ「東京尾行」(2015-16)。癌との闘病生活を続けながら制作したこれらの光景は東京での日常風景をとらえており、社会の悲喜こもごもをそのまま映し出している。
ギャラリーIIやエントランスホール、そして2階のギャラリーIIIとVで展示されているのは、佐藤時啓による展覧会の同名シリーズ「光―呼吸」だ。80年代より光や時間、空間、身体、生命をテーマに写真表現に取り組んできた佐藤は本展で、原美術館とその別館ハラ ミュージアム アークで撮り下ろした新作を発表している。
佐藤が長時間露光を使って、ペンライトを持って原美術館の庭や廊下を歩き回って制作したこれらの作品では、光と自身の移動の軌跡がドローイングのように写真に定着しており、原美術館の40年という時間も内包されているように見える。佐藤はこう話す。「写真上には、原美術館の庭のなかに線が引かれた世界ができあがっているが、現実には何も残っていない」。
同じくギャラリーIIでは、城戸保は一連の写真作品を発表。一見何気もない日常の風景のなかで城戸は「見る事やある事の不思議」について考察し、本来の役割や用途からずれた「もの」のありさまを作品化している。
光や色による構図の追求や技術的実験を試みてきた城戸は、「強い光が当たることで、歪みなどの現象が立ち上がって、実態以上に強く見えてくる」と語る。日常の延長線上に現れる世界を表現した作品は、見る者の心のなかで反響していく。
2階のギャラリーIVでは、今井智己が2011年より福島第一原発から30キロメートル圏内の数ヶ所の山頂から原発建屋の方向にカメラを向けて撮影してきた写真シリーズ「Semicircle Law」(2011-)を展示。時間とともに社会の記憶が薄れていくということから発想を得た今井は、写真のなかに時間の経過と風景の変化が重なっていることが、本シリーズの醍醐味だとしている。
また、今井が原美術館から同方角をとらえた新作や初期作品《真昼》(2001)《光と重力》(2009)もあわせて展示。その作品に通底する静謐さを味わってほしい。
40年にわたって日本の現代美術シーンを牽引してきた原美術館。過ぎ去った時間や風景を様々な表現で記録するアーティストの作品とともに、その最後の展覧会を記憶に刻みたい。