昨年10月にオープンした明治神宮ミュージアムで、7月10日に開幕した展覧会「紫幹翠葉(しかんすいよう)─百年の杜のアート」。本展は、明治神宮の創建100年を祝す明治神宮鎮座百年祭記念の一環として、神宮の内苑と外苑で様々な展覧会やイベントを開催する「神宮の杜芸術祝祭」のプログラムのひとつで、日本博主催・共催プロジェクトでもある。
同展のアーティスティック・ディレクターは、3月より明治神宮で開催されている野外彫刻展「天空海闊(てんくうかいかつ)」と同じ山口裕美。「紫幹翠葉(しかんすいよう)─百年の杜のアート」では明治神宮やその鎮守の杜に思いを寄せ、⾃然や暮らしを対象に、屏⾵、掛け軸、衝⽴、扇⾯といった⽇本古来の様式を取り入れた40点あまりの作品が一同に会する。
まず、入口で目を引くのが、特別に展示されることとなった森村泰昌の《野にありて飛べ(出没)》(2006)だ。森村本人が平安時代末期の『信貴山縁起絵巻』の「延喜加持」の話に登場する護法童子に扮した様子が描かれているこの掛軸。醍醐天皇の病を治すために雲に乗り駆けつける護法童子は、新型コロナ禍に苦しむ現在における象徴的な存在と言える。
京都を中心に活動する画家の品川亮は、日本の古典的技法と、西洋絵画のブラシのストロークを組み合わせた《菖蒲田図屏風》(2020)を制作。伝統的な金碧障壁画を下敷きに、明治天皇が歌に詠んだ御苑の静けさに着想を得て、日本の伝統絵画のアップデートを図った。
平川恒太は、明治神宮の清正井をモチーフに《森の茶会─明治神宮清正井菖蒲図》を描いた。戦国時代の武士たちが催していた茶会のように、肉食、草食とともに動物たちが水を分かち合う平和の精神が表現されている。
繊細な筆で動物や植物を描く笛田亜希は、明治神宮に生息するホンドタヌキを描いた作品を、岩手・遠野市を拠点に拠点とする本田健は遠野の森を神宮の杜と重ねた作品を出展。ミヤケマイは初夏の雨や水をモチーフに軸装した絵画を、中村ケンゴはポップカルチャーをベースにおもちゃのパッケージのカエルを描いた作品を展示している。
能條雅由は明治神宮の木々をアクリル板の上に金属箔で再現したうえで、伝統的な「春日衝立」の形式に仕上げた《Mirage #50》(2020)を出展。ステンドグラスのように光を透過する本作は、同館から臨む木々を借景として、空間をつくりあげている。
造園経験を持つ篠田太郎はトレーシングペーパーに鉛筆で石庭を描き、写真家の川久保ジョイは西伊豆から見た富士山と夫婦岩の写真を、明治神宮本殿の夫婦楠と連想させながら軸装した。杉戸洋は、明治神宮の参道を清めるように箒を使う「掃き屋」に感銘を受け、箒の掃き跡をモチーフに作品をつくった。
他にも、「ネオ日本画」を標榜する天明屋尚は「八咫烏」を、「ニッポン画」を提唱する山本太郎は能楽『羽衣』をモチーフに、それぞれ屏風の作品を展示している。
本展の最大の見どころとなるのが、現代美術の作家30名が扇面形のベースに絵画を描き、ひとつの壁面に展示した作品群だろう。
山口藍が短歌・和歌の別称でもある「三十一文字」をモチーフに31人の女性を描いた《みそひと草》や、船井美佐が絵馬をモチーフに東洋と洋式の絵画様式を同居させた《境界》、神社と森のミニチュアを制作し絵画に描いた森山亜希《創られた杜》など、各アーティストの作家性が強く出た作品が出揃った。同じサイズの面に表現されたそれぞれのアイデアや技法を、比べながら楽しむことができる。
日本の伝統文化をアイデアのリソースに多彩な表現が集まった同展。名和晃平、三沢厚彦、松山智一、船井美佐が参加している野外彫刻展「天空海闊(てんくうかいかつ)」と併せて、現代美術の多様性を明治神宮でじっくり楽しんでみてはいかがだろうか。