エルメスを母体に、2008年に設立されたエルメス財団。同財団が2010年より定期的に開催しているのが、アーティストのレジデンスプログラム「アーティスト・レジデンシー」だ。
同プログラムでは、世界各国のアーティストたちがエルメスの様々な工房に滞在。革や銀、クリスタル、シルクといった専門分野の職人たちとアーティストが出会うことで、その技術やノウハウを学び、これまでとは異なる新たな作品を生み出すことを目的としている。
これまでエルメス財団は成果展として「コンダンサシオン」を13年にパリで開催(東京は14年)。9月13日から銀座メゾンエルメス フォーラムで始まった「眠らない手」展はそれに続くもので、タイトルには本展キュレーターであるガエル・シャルボーの「アトリエにおいて、手は意識とは別の自律性を持っているという実感」が込められている。
本展は2017年にパリのパレ・ド・トーキョーで行われた展覧会の巡回展で、東京では2期に分けて9名のアーティストの作品を紹介。これら9名のアーティストは、3人のメンター、ジャン=ミシェル・アルベロラ、アン・ヴェロニカ・ヤンセンズ、リチャード・フィッシュマンによって選出され、職人とともに試行錯誤を重ねた新作を制作した。
前期で展示するのはクラリッサ・ボウマン、セリア・ゴンドル、DH・マクナブ、ルシア・ブルの4作家。
なかでも注目したいのはクラリッサ・ボウマンとセリア・ゴンドルだ。
コンテンポラリーダンスの分野でキャリアを積んだ88年生まれのボウマンは、今回フランス・パンタンで銀器工房として知られるピュイフォルカに滞在。1本の銀のスプーンを叩き続け、10数メートルの細い糸状になるまで引き延ばすという根気を要する作品を制作した。
本展では、その引き延ばす過程を写真作品として見せるほか、実物の「糸」ももちろん見ることができる。「糸」は、なぞれば音を発するある種の「楽器」でもあり、会場ではレジデンス先の環境音とともに展示されている(会場で触れることはできない)。
いっぽう、85年生まれのダンサー/ヴィジュアル・アーティストのセリア・ゴンドルは、リヨンのテキスタイル工房に滞在。ゴンドルが着目したのは宇宙物理学だ。原子力研究者の協力のもと、宇宙のマッピングに使用される地図製図の手法を取り入れた作品を制作した。
本展会場で一際目を引く《アペイロン(無限なるもの)の観測可能性》は、40メートルものシルクにアーティスト独自の星図などをプリント。艶やかなシルクは光を帯び、数ミリの布に無限の宇宙を感じさせる光景が広がる。
「眠らない手」というタイトルが示す通り、アーティストと職人が手を動かし続けた成果が並ぶ本展。まずはその前半戦を堪能したい。