1977年、ルーマニアに生まれ現在はパリを拠点に活動するミルンチャ・カントル。これまで「ヨコハマトリエンナーレ2011」や「ヴェネチア・ビエンナーレ2015」など数々の国際展に参加してきたほか、チューリヒ美術館やポンピドゥー・センターなどで個展を開催してきた。
これまで写真や彫刻、映像、インスタレーションを通して、日常の世界がいかに複雑で不確かなものであるかを提示してきたカントル。日本初個展となる「あなたの存在に対する形容詞」は、カントルがメゾンエルメスのガラスブロックの透明性にインスピレーションを受けた3作品を展示している。
「最初にエルメスを訪れた際、光の美しさに圧倒されました。建物で感じたことが作品の出発点です」と語るカントル。
「ガラスブロックの透明性に目が止まりました。『透明性』は、ここ10年ほど考えていることで、たんなる言葉ではなく思考を表しています。現在の社会では、透明性が非常に重要な要素。透明性を視覚的に翻訳したいと思いました」。
会場に入ると、まず風鈴が生み出す大きな音に包まれる。《風はあなた?》(2018)と題されたこの作品は、70の風鈴がドアの開閉によって揺らぎ、音を発生させるというもの。雲のかたちに並べられたというそれらは、風ではなく人の動作によって音を生み出される。風が持つ物理作用を、人間による作用へと翻訳した本作は、来場者それぞれの存在を確かなものにする。
また、《風はあなた?》と同じ部屋に設置された透明な屏風《呼吸を分かつもの》(2018)はまさに透明性を体現するものだ。
「日本の屏風には何かを守る、隠す、空間をわけるという役割がありますが、それを透明にしてみたらどうかと考えました」。
すべての屏風には白い有刺鉄線のような模様が描かれているが、よく見るとその正体は指紋であることがわかる。このシリーズはカントルが2007年から継続して行っているもの。制作の背景には、アメリカ同時多発テロを受けて指紋認証を強化しようとする気運の高まりがあったという。何もかもを管理・監視しようとする社会に疑問を感じたカントルは、「(どうせ管理されるのならば)アートを通じて全世界の人々に指紋を公開しよう」と考えたと語る。
本展のハイライトとなるのは、東京で制作された映像作品《あなたの存在に対する形容詞》だ。「アーティストは社会状況から目をそらすべきではないし、同時に単純に表現するのではなく、違うレベルに昇華することが重要」だと語るカントル。
本作では、東京の街中を透明なプラカードを持った人々がデモ行進を行う様子が延々と写されている。デモを重要なテーマだととらえるカントルは、「かつてルーマニアが独裁政権だったとき、デモは政権を応援するためのものでした。でも、1999年に渡仏したとき、政権に反対を示すために行なっているものだとわかりました」と自身の経験を話す。完全に透明なプラカードには、「スローガンなどを示さずとも、身体自身が革命を起こす力を持っている。あなた自身の存在がもっとも大事である、ということを伝えたかった」というメッセージが込められている。
3つの「透明な作品」を通して、カントルが権力と対峙する人間個人の存在の重要性を訴えかける。