ケ・ブランリ美術館は、アフリカ、アジア、オセアニア、アメリカ大陸というヨーロッパ以外の固有の文化を紹介する美術館として2006年、エッフェル塔を望むパリ7区の一角にオープンした。
アジアやアフリカの民族芸術に深い造詣を持つ元フランス大統領のジャック・シラクと、プリミティブ・アートの研究者であったジャック・ケルシャシュの出会いをきっかけに誕生したこの美術館のコレクションは、パリの人類博物館と国立アフリカ・オセアニア美術館のコレクションを一部引き継ぐかたちで構成。総数は約35万点にのぼり、館内には常時約3500点の作品が展示されている。
「文化は変容していく。コレクションを通してそのこと示すのがケ・ブランリ美術館のミッションです」と話すのは、同館アシスタント・ディレクターのエマニュエル・カサールーだ。一番古いもので約400年前の作品、そして最近では、ポップ・カルチャーから影響を受けたタイの衣装がコレクションに加わったという。「文化を伝えるだけではなくく、背景の文脈とは切り離した芸術作品としてのあり方も示すよう心がけています」。
こうして充実していくコレクションのいっぽうで、ケ・ブランリ美術館は文化財返還の問題にも直面している。現ベナン島に存在したダホメ王国とフランスが1892年に戦った際、フランス軍が持ち帰った戦利品。その一部が同館のコレクションに含まれており、アフリカからの要求を受け返還するよう進めている最中だという。
「ミュージアムが大切にすべきはコレクションの透明性です。これからもこうしたことが起きるかもしれず、その度に大切なコレクションの一部が欠けることは残念ですが、返還は必然だと思います」とカサールーは述べる。
約2万5000平米もの敷地を有するケ・ブランリ美術館は、建築家のジャン・ヌーヴェルによる建築デザインや、著書『動いている庭』でも知られる庭師、修景家のジル・クレマンによる庭園も見どころだ。「開館から12年が経過し、庭の植物も円熟期を迎えたころでしょう」と、ヌーヴェルは話す。
透明ガラスで車道・歩道と敷地を仕切り、オセアニア、アメリカ、アジアをイメージした3色のカラーボックスがファサードを彩るこの美術館は、外界とミュージアムの呼応、透明感、透過性を意識した「光」との共存が重視されている。「ミュージアムのテーマとマッチするよう、“ヨーロッパ建築のすごさ”とは別の印象を持つ建築をつくりかったんです」と、ヌーヴェルは設計時の思いを振り返る。
ルーヴル美術館、ポンピドゥー・センター、オルセー美術館など、名だたる美術館が立ち並ぶパリだが、それらにはなくケ・ブランリ美術館でしか見ることのできない未知の世界がある。そう断言できる、一度は訪れてほしい美術館だ。