本展は、明治時代に輸出用工芸品として人気を博した七宝(※1)のなかでも、繊細な有線七宝(※2)でその頂点を極めた並河靖之の、初期から晩年までをたどる初の大回顧展。会場はハイライト展示の本館1階と、年代順にたどる本館2階〜新館で構成され、資料を含めると総出品点数は130点におよぶ。
一見、「超絶技巧」という言葉で表されがちな並河靖之の七宝だが、樋田館長は、昨今の明治工芸に対する国内の盛り上がりを踏まえ、次のように話す。「確かに並河は超絶技巧だけれども、この人の場合は技術を見せたいとか、日本を西洋に売り込みたい、という意図で技術を見せているわけではない。並河にとっては、美しさそのものが重要だった」と、「超絶技巧」の一語では片付けられない作家だという認識を示した。
明治期の七宝は、9割が海外輸出用であり、その多くが日本には残っておらず、忘れられていた存在だった。それが近年の海外での再評価をうけ、今また高い注目を集めている。5年前から本展の企画を進めてきた大木学芸員は並河作品の魅力について「そのフォルムや、かたちに沿うように配された模様、黒色の地など、すべてが混ざりあって生じる美しさ。それは並河の感性の賜物」と語る。
そんな並河作品を語る上で欠かせないのが、透明な黒色の釉薬、「黒色透明釉薬」だ。並河以前、明治の初めまでは、濁りのある不透明な釉薬が一般的だった。しかし、並河は研究を重ね、透明釉薬をはじめとする、様々な釉薬を開発。これによって微妙な表現が可能になり、色彩豊かな花鳥を引き立てることもできるようになったという。本展ではそんな黒色透明釉薬を使った色彩豊かな作品を数多く楽しむことができる。
また、本展で注目したいのは、並河靖之の美意識だ。鮮やかな花鳥風月はもちろん、晩年には水墨画のようにぼかしを用いた表現で、香炉などに幽玄の世界を現出させている。「模様」から「絵画」へ──経験を積むにしたがい、そのモチーフが進化していく様をたどることができるのも本展の見どころだろう。会場では、作品とともに下絵画工・中原哲泉(てっせん)の下絵もあわせて展示され、並河のイメージがどのように具現化されたのかが、立体的に提示されている。
なお、本展では三の丸尚蔵館や東京国立博物館などの国内施設だけでなく、イギリスのヴィクトリア&アルバート博物館からの作品も展示。研究が進む現在でも技術的に不明な点が多く、「ロストテクノロジー」とも言える並河靖之の七宝。その美の極致を楽しんでもらいたい。
※1 七宝=金属工芸技法のひとつ。金や銀、銅や青銅などの素地の上に、釉薬をおいて焼き、溶けた釉薬によるガラスのような質感の色彩を施すもの
※2 有線七宝=明治期の七宝のひとつ。素地の上に銀を細いテープ状にしたものを立てて輪郭を描き、そのなかに釉薬を流し込んで焼成するもの