イケムラレイコは三重県出身。1970年代にスペインで美術を学び、その後スイスを経て、80年代前半から現在まで、ドイツを拠点に本格的にアーティスト活動を行っている。そのイケムラによる大規模個展「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」が東京・六本木の国立新美術館で1月18日にスタートした。
本展は、プロローグからエピローグまで、16章を通してイケムラの活動をクロノロジカルに見通すことができる。山水画を含む東洋の自然観を色濃く反映させた80〜90年代の絵画が並ぶ、2章の「原風景」。そして、絵画と並行してイケムラが取り組んだ陶製の彫刻が並ぶ3章の「有機と無機」では、壁に書かれたテキストにも注目してほしい。「これらの彫刻作品のなかで有機と無機を混ぜ合わせています。私は西洋と東洋など、両極にあるとされるものをつなぎたい。それがアートの役割だと思います。そんな自分の気持ちを壁に書いています」とイケムラは話す。
イケムラは80年代、当時の絵画界を席巻した新表現主義に影響を受け、女性であること、異邦人であることの困難に抵抗するかのような荒々しい筆致の絵画、多様な線からなるユーモラスで人間味あふれるドローイングなどを手がけた。4章 「ドローイングの世界」で展示されるのは、スイス・バーゼル美術館に所蔵されるパステルや鉛筆、木炭など、様々な技法で描かれたドローイングだ。
本展では、イケムラ作品の代名詞となるモチーフもまとまったかたちで見ることができる。そのひとつが、90年代のイケムラの創作を代表する「少女」だ。大人になるプロセスでの目覚めの意識、期待と不安といった複雑な感情が、絵画や彫刻のシンプルな構図に凝縮されている。「“少女”という過程は、人間の成長過程のなかでもとりわけ浮遊した状態にある。私たちが“少女性”をいかに見逃しているか、ということを伝えたい」と作家は言う。
90年代以降のイケムラは、こうした儚げな少女、母と子の像、自然と一体化した生き物など多義的なイメージを配した、神話的な風景を描くようになる。
2011年の東日本大震災は、イケムラの作品に大きな影響を与えた。震災に衝撃を受けたイケムラがこれを乗り越え、ふたたび制作に戻っていくなかで生まれたのが3メートルを超える「うさぎ観音」のシリーズだ。屋外に置かれた《うさぎ観音》は涙を流し、室内の《うさぎ観音Ⅱ》は微笑みを浮かべる。慈愛と悲しみが漂う造形に祈りが込められた本作を、「いろんな生命の象徴としてのうさぎ。救いの女神として制作しました」とイケムラは説明する。
そして、本展のハイライトとも言えるのが15章「コスミックスケープ」の大型絵画だ。2010年代に入り、東洋のアニミズム的世界観に彩られた、大画面の山水画に取り組み始めたイケムラ。その制作方法は、キャンバスを床に水平に置き、まるで風景に入っていくようにその絵の中で描くという。偶然の効果を敏感に取り入れ、湧き上がるイメージをつかまえ生まれたのがこれらの幽玄の風景だった。高揚感のある色彩が印象的な《うねりの春》は、この系譜に連なる作品であり、イケムラの最新作でもある。
これまで手がけてきたすべてのメディアを網羅する約210点の作品で、40年にもわたる芸術的探求をひもといてく本展。イケムラは、「各章を区切って見るのではなく、テーマやジャンルも超えて作品を鑑賞してほしい」と話す。空間をひとつの作品のように考えるうえで、重要な役割を果たしているのが、これまでにイケムラと何度もコラボレーションをしてきた建築家のフィリップ・フォン・マットによる展示構成だ。
「いまの社会は国単位ではなく、より宇宙的なスケールで考えることが必要。そしてポエジー(詩情)を大切に、政治的な事柄にも対峙したほうがいい。そんな気持ちを本展タイトル“土と星 Our Planet”に込めています」。
内省的な作品世界から見出される、詩的で啓示に満ちた景色を堪能してほしい。