ジュエラーの母親とテキスタイルデザイナーの祖母といった職人の出自を持つ建築家/デザイナー、トーマス・ヘザウィック。彼は幼い頃から、「なぜ新しい建物は古いものより人間味がないか」という疑問を抱いていた。
1994年、ヘザウィックはデザインスタジオ「ヘザウィック・スタジオ」をロンドンに設立。この約30年間はニューヨーク、シンガポール、上海、香港など、世界各地で革新的なプロジェクトを数々生み出し、多くのデザインや建築のファンを魅了してきた。こうしたヘザウィック・スタジオの主要プロジェクト28件を日本で初めて展示する企画展「ヘザウィック・スタジオ展:共感する建築」が、3月17日に六本木ヒルズ森タワーの東京シティビューで開幕した。
英語のタイトルは「Building Soulfulness」(「魂がこもっているものを建てる」の意)。その意図について本展の企画者・片岡真実(森美術館館長)は、「大きな建築物に魂を込めることができるのかということは、スタジオのデザインのひとつの原点」だと説明。
ヘザウィックは本展の開幕にあたり、このタイトルの提案を受けて「とても興奮した」としつつ、次のように語っている。
「過去70~80年のあいだ、建築を過度に知的化する文化や、『少ない方がより良い』という洗練される論理に従い、人間のディテールや配慮のない建物が多く建てられた。私たちにとって、建物は魂を失ってしまった。私たちは、自分たちの作品が魂がこもっているとあえて言わないが、魂のないものにならないよう努力しており、できるだけインパクトを与えたいと考えている」。
ヘザウィックは、人々が愛さない建物は壊されてしまい、環境にも多大な影響を与えると考えているという。「すべてを破壊するのではなく、人々が(建物を)ケアし、それに関心を持つ理由を与えるような」仕事に取り組んでおり、そのような未来を期待しているとしている。
こうした「魂や人間らしさを重視する」という思想や哲学はスタジオのデザインに通底していると言えるが、その特徴はそれだけではない。本展では、そのプロジェクトの特徴を「ひとつになる」「みんなとつながる」「彫刻的空間を体感する」「都市空間で自然を感じる」「記憶を未来へつなげる」「遊ぶ、使う」といった6つの視点から紹介。また片岡は、「それぞれのプロジェクトがひとつの視点に限定されるというわけではなく、こうした考え方は様々なプロジェクトに重なり合って関係している」と強調している。
会場デザインもスタジオが手がけた。日本の暖簾や垂れ幕を連想させる多数のバナーが来場者を迎えながら、これまでの多様なプロジェクトの模型や、試行錯誤を重ねた素材サンプルやパーツ、そしてドローイング、インタビュー映像が並んでいる。
例えば、ひとつずつの細部が集合することにより大きな全体像が生み出されるというヘザウィック・スタジオのデザインコンセプトを反映した最初の「ひとつになる」セクションでは、2010年上海万博でパビリオン・デザイン部門の金賞を受賞した、アクリルの細い棒6万本からなる《上海万博英国館》や、204の国・地域名が刻んだ花びらのようなオブジェによって構成された《ロンドン・オリンピック聖火台》など、スタジオの代表作を見ることができる。
ヘザウィック・スタジオのデザインにおける大きな特徴のひとつ、彫刻的なかたちに焦点を当てた「彫刻的空間を体感する」セクションでは、インドのラージャスターンにある階段井戸から着想を得て、2019年にマンハッタンのハドソン・ヤードにオープンした《ヴェッセル》や、ロンドンのセントポール大聖堂の隣に建てられた、パブリック・アートのような彫刻的な造形を有する《パーテルノステル通気口》が展示。アーティストや職人による手作業でつくられた立体作品が建築スケールに拡大されたような印象を与えている。
セクション4「都市空間で自然を感じる」では、2021年にマンハッタンのハドソン川沿いにオープンした人工島公園《リトル・アイランド》や現在上海で第2期の建設が進んでいる《サウザンド・ツリーズ》のほか、スタジオにとって日本における最初のプロジェクト《麻布台ヒルズ/低層部》も紹介。麻布台エリアに建てられる3つの高層棟を有機的に結び、5階建ての建物ほど高低差がある谷状の敷地を活かし、植栽を主要な要素として取り入れる自然との共生を強調する都市空間のデザインだ。
また、最後の「遊ぶ、使う」セクションでは、円形から楕円に、楕円から円形に自由にかたちを変換できる《フリクション・テーブル》や、人が座ると弧を描きながら360度回転する椅子《スパン》などが展示。鑑賞者が実際に《スパン》に座って体験することが可能になっており、柔軟で自由な発想や遊び心にあふれるスタジオのデザインを体で味わってみてはいかがだろうか。
日本とのつながりについてヘザウィックは、23年前に初めて日本を訪れたときにその人生と考え方が大きく変わったと振り返っている。「日本には独特の感性があり、自然や古くなるものに対する感謝がある。不完全さを受け入れる『わびさび』を発明した文化でもある。私たちは、古い不完全な建物を受け入れたら、都市を成長させることができると思う。そうすれば、世界をより人間らしいものにできるかもしれないし、私たちを取り巻く世界にも魂が宿るかもしれない」。