明治期の日本では、政治・経済・文化などあらゆる方面で西洋から知識や技術がもたらされるなか、美術においても新たな表現が生まれた。「美しい」という言葉だけでは表すことのできない退廃的、妖艶、グロテスク、そしてエロティックな作品は、文学などをバックグラウンドに大衆に広まっていった。
そんな「あやしい」表現を、幕末から昭和初期にかけて制作された絵画や版画、雑誌・書籍の挿図などから紹介する「あやしい絵」展が、東京国立近代美術館で開催される。会期は2021年3月23日~5月16日。
本展は、時代ごとの多様な作品から「あやしい」表現の変遷を追うもの。日本近代美術における美しさの「ネガ」とも言える名画や、安珍・清姫伝説や『高野聖』などの物語をベースとした作品、そしてアルフォンス・ミュシャやダンテ・ガブリエル・ロセッティなど日本の画家に影響を与えた西洋美術の作品も紹介する。
幕末から明治にかけて、奇怪・凄惨・エロティックな表現が人々の関心を集めるいっぽう、明治以降には西洋からの影響が様々な方面におよび、個性や自由の尊重といった新たな思潮によって人々の価値観も大きく変化した。
「花開く個性とうずまく欲望のあらわれ」の章では、ミュシャやオーブリー・ビアズリーの影響にはじまり、明治から大正の作品を一挙に展覧。妖艶な海からの来訪者を描いた鏑木清方《妖魚》(1920)や、橘小夢による安珍・清姫伝説や『高野聖』の挿画など「異界との境」をあらわす作品を展示する。
また、甲斐庄楠音《横櫛》(1916)や北野恒富《淀君》(1920)など、「美人画」に対抗した表現も紹介。血の通った生々しさを感じさせる女性の描写には、日々の生活による疲弊や社会的地位の低さに対する悲哀といった現実に目を向けるものもあるいっぽう、「生命の源」とも言える女性に対する理想を込めたものも見受けられる。
加えて見どころとなるのは、歌舞伎や浄瑠璃のワンシーンを絵画化したものや、同時代に生まれた小説の挿絵など「狂気と一途」を描いた絵画。上村松園《焔》(1918)、《花がたみ》(1915)、北野恒富《道行》(1913)といった名品が並ぶ。
描かれる物語や作品の成り立ちがわかる絵解きによって、「あやしい」絵をより深く知ることができる本展。なお東京展の後は、大阪歴史博物館への巡回が予定されている(2021年7月3日~8月15日)。