身の周りで採集した虫をモチーフに、ロウを用いた表現を続けてきたアーティストの筒井伸輔。2017年の夏に筒井は、インドネシアのジョグジャカルタで海外で初となる滞在制作を行った。そこで筒井は、現地の人々との文化的交流だけではなく、自身の制作において大きな出会いがあった。
インドネシアのバティック(ろうけつ染)と自身の作品には、技法やイメージに類似点が多いと気づいた筒井は、バティックで使用されるチャンティンという器具に注目。チャンティンは、細い口金のついた銅製の器具で、温めたロウを入れて図柄を描くものだ。
これまで筒井の作品は、モチーフが描かれた型紙をパズル状に切り分けてキャンバスに配置、その後紙を一片ずつ外し、ロウを流し込むことで画面が構成されていた。このチャンティンを使用することにより、従来の工程ではなく、キャンバス上に直接ロウで線を引くことが可能となった。
色面で構成していた絵画を、線で構成することができるようになった筒井は、より平面を意識するようになったという。その平面性の意識は、新作のドローイングにも現れており、同作において大きく余白を残した紙の下端に配置された虫の死骸は、重力に従って地面に落ちてきたようにも見える。
「在るもの」をそのまま作品にするため、意識的にニュートラルな構図や色を選択してきた筒井。しかしながら主観やその痕跡を完全に取り払うことの限界を悟り、必要性を感じなくなってきたという近年の作品には、より具象化した図像や大胆な色使いが見て取れる。
その筒井の個展が、東京・市ヶ谷のミヅマアートギャラリーで開催されている(〜6月20日)。筒井は、2020年2月24日、本展の開催を目前に食道ガンのためこの世を去った。本展では、19年4月に病が判明して以降通院と治療を繰り返し、体調の波に翻弄されながらも最後まで作品をつくり続けた筒井の熱意を感じることができるだろう。なお本展は、展示のレイアウトや作品の額装、DMや広報画像など、可能な限り本人の意向に添った内容で実現されている。