内藤正敏は1938年東京都生まれ。早稲田大学理工学部で化学を専攻し、その後フリーの写真家として、いまもなお精力的に活躍している。
1960年代、内藤は、宇宙と生命をテーマに化学反応によって生まれる現象を接写。「生命の起源」や「宇宙の生成と消滅」のありのままの姿をとらえ、SF的な魅力を持った写真は、早川書房『ハヤカワ・SF・シリーズ』の表紙を飾り、注目を集めた。
内藤は25歳のとき、山形県・湯殿山麓での即身仏との出会いに大きな衝撃を受け、4×5カメラで即身仏のモノクローム撮影を始める。この戦慄の体験は、化学専攻出身の若い内藤にとって強烈なカルチャーショックであり、作家人生に大きな影響をもたらしたという。
その後は東北地方での民間信仰に興味を持ち、同時に複数の関心を多層的に重なり合わせることによって、さらに豊かな表現を獲得。恐山のイタコたちを即興的に撮影したシリーズは、東北の民間信仰のダイナミズムを直感的に写しとっている。作家の代表作である「婆バクハツ!」や、民俗学の創始者・柳田國男の著書をベースに展開された「遠野物語」は、タイトルのユニークさも相まって、圧倒的なインパクトだ。
内藤にとって「モノの本質を幻視できる呪具」である写真と、見えない世界を視るための「もうひとつのカメラ」である民俗学。このふたつをツールに、幻のような「異界」を出現させる作家の軌跡は、今日の私たちに深い洞察を与えてくれるだろう。