荒木経惟本人によるプレスツアーは、「帰りにはね、『写真はやっぱり荒木だな』と思って帰れるから。絶対に」の言葉から始まった。
7月25日から東京都写真美術館で始まった個展「荒木経惟 センチメンタルな旅 1971- 2017-」は、荒木が写真家人生を通して取り組む「私写真」を、妻・陽子を被写体とするシリーズのほか、その存在を色濃く感じさせる作品1320点で考察するもの。「センチメンタルな旅」は、1971年に自ら出版した写真集のタイトルであり、それから始まる荒木の写真人生そのものも表しているという。
展覧会は、荒木と陽子の出会いの一枚となった電通の社内報の写真で始まる。「初めて会ったのに、無意識に真ん中に陽子を置いている」と荒木は笑いながら話す。
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続く「センチメンタルな旅」のコーナーでは、陽子夫人との新婚旅行を写した1971年の写真集『センチメンタルな旅』の、東京都写真美術館が収蔵するオリジナルプリント全108点を展示。「同じ風景でも、隣に(陽子が)いるのといないのとでは見え方が違う。二人旅と一人旅では違う。」と撮影時を振り返った。
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「東京は、秋」では、東京の様々な街を写した写真と、それを見ながら夫婦が交わした会話がともに展示。「風景を撮っていても、『私写真』なんだよ」と荒木が言うとおり、フリーになったばかりの荒木の心情が東京の風景とともに写し出される。
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続いては、60年代から80年代の陽子夫人を被写体とする写真の変遷をたどる「陽子のメモワール」。「今、陽子の写真を1点選ぶとしたらこれ」と荒木が指差すのは、自宅のソファで荒木と愛猫のチロとくつろぐ陽子の横顔をとらえた写真。「幸せなときなのに、ひとりなんだよね、顔が。孤独感が写ってるでしょ。生と死が混じりあう”ひとりぼっち”が写っているのが『写真』」。
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「冬の旅」は、陽子夫人の最後の誕生日から、闘病生活、死を迎えた1990年1月27日、そして葬儀後までの日付入りの写真のシリーズ。後年に空に興味を持つきっかけとなったという、陽子夫人の手術中に見上げた空の写真や、こぶしの花を手に見舞いに向かう途中の自分の影を写した作品など、死を感じさせる静かなトーンの作品が並ぶ。
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終盤の「写狂老人日記 2017.1.1.-2017.1.27.-2017.3.2」では、2017年の元旦から陽子の命日の1月27日までと、そこからチロの命日3月2日までの写真が、撮られた順序のまま並べられている。これは、現在東京オペラシティアートギャラリーで開催中の個展「写狂老人A」で展示されている、すべての写真に2017年7月7日の日付を入れた「写狂老人A日記 2017.7.7」と対になるもの。荒木が陽子夫人を描いた絵画もあわせて展示されている。
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そのほか、陽子夫人が元気だったときと、入院中の一時帰宅のときにつくった料理の写真を並べて展示する「食事」や、死後に空や身の回りの品々を撮影した「空景」「近景」、陽子夫人がもらってきた愛猫を写した「いとしのチロ」などのシリーズも展示。
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自費出版した最初の写真集の前で、「誰かとコラボレーションするのが好き。結局この旅、というか人生は、彼女とのコラボレーションだよね。表紙の題字も彼女に書いてもらった。とにかく、人生は合作」と語った荒木。その写真人生に妻・陽子が与えた影響の深さを感じることのできる展覧会となっている。
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