既存のカテゴリーに収まらない造形と、フランスの職人技術「サヴォア・フェール」を融合してきたDSオートモビル。今年、日本に導入された新たなフラッグシップ「N°8」は、100%電動のSUVクーペだ。 エクステリアの特徴は、滑らかなシルエットと官能的な曲面に、フロントとリアの鋭いラインを組み合わせた独自の佇まいにある。ボディ面と一体となるリトラクタブルタイプのフロントドアハンドルや、空気抵抗を抑える専用設計のアロイホイールにも、造形と機能を切り分けない思想が貫かれている。
光もまた、N°8の輪郭をつくる重要な素材だ。フロントには、8つのダイヤモンド型LED装飾と、光のラインが流れるように輝く「DSルミナスクリーン」を配置。室内では、ナッパレザーやブラッシュドアルミニウム、パリの装飾技法に由来するクル・ド・パリ、真珠の連なりを思わせるパールトップステッチが響き合う。大胆でありながら静けさを湛えたこの空間を、衣服と彫刻の境界を横断する岡﨑は「見れば見るほど面白い」と評した。

素材との対話から、生命のようなかたちへ
──ファッションデザイナーとアーティスト、ふたつの立場で活動されています。ご自身のなかで、ファッションとアートはどのようにつながっていますか。
岡﨑龍之祐(以下、岡﨑) 僕にとっては、どちらも同じ活動の延長線上にあります。彫刻や絵画、ファッションは表現の方法こそ違いますが、何かを表したいという人間の根源的な欲求から生まれるものだと思うんです。ドレスをつくることもあれば、彫刻やインスタレーションに取り組むこともある。そのとき心が向かうものに従って、必要な技術やメディアを選んでいます。
ただ、ドレスをつくるときは身体に向き合い、彫刻をつくるときは造形により深く向き合うなど、表現によって意識は切り替えています。それでも、人が着られない彫刻をつくるときにも、人間の身体は意識している。身体への眼差しは、どの表現にも共通しているのだと思います。

──デザイン画を先に描かず、手を動かしながら造形を見つけていくそうですね。制作はどのように始まるのでしょうか。
岡﨑 まず素材に触れます。布の質感や厚さ、伸縮性を確かめながら、芯になる素材を入れてみたり、折ったり、重ねたりする。粘土をこねるように手を動かしているうちに、少しずつかたちの方向が見えてきます。最初から完成形を想像しないからこそ、つくっている途中に生命のようなものが立ち上がってくる感覚があるんです。
すぐに方向が決まることもあれば、なかなか見つからないこともあります。翌日に見ると、前日とはまったく違うものに感じることもある。その変化を否定せず、素材と自分の手がどこへ向かうのかを見ながら進めていくこと自体が、制作の面白さだと思っています。

──コレクションを「000」「001」と数字で名づけ、現在は「005」まで発表しています。数字にはどのような意味がありますか。
岡﨑 一般的なシーズン名ではなく、制作の連続性をそのまま示したいと考えて数字にしています。各コレクションに明確な境界や別々のテーマがあるというより、手を動かすなかで少しずつ変わり、進化していく過程がある。その時点での自分の経験や感覚を記録する番号に近いですね。
──作品には、シンメトリーや反復、放射状に広がる曲線が多く見られます。こうした構造には、どのような原体験があるのでしょうか。
岡﨑 広島で育ち、幼い頃から宮島の鳥居や厳島神社を身近に見てきました。左右対称の建築が生む秩序や、そこに宿る神聖さは、造形の原体験として残っていると思います。同時に、細胞分裂のように、小さな単位が増殖して大きなかたちへ変わっていく生命の仕組みにも惹かれます。
僕の作品も、小さな手の動きを反復することで全体が生まれます。同じ操作を重ねても、重力や張力、素材の厚みや伸び方によって、曲線は少しずつ変わっていく。秩序と予測できない変化が同時に現れるところに、生命らしさを感じています。

身体が入ることで、造形はもう一度変わる
──布の性質は、作品のかたちにどのような影響を与えますか。
岡﨑 ウールやポリエステルでは、厚みも伸び方も反発の仕方も違います。僕は布を基本的に長方形に切り、伸縮する部分に芯材を入れるのですが、布が元に戻ろうとする力によって曲線が生まれる。同じ操作をしても、素材が変わればドレープや立ち上がり方はまったく異なります。制御しきれない素材は使いませんが、選んだ素材については、その特性をできるだけ活かしながらかたちを探っています。
──静止した作品は彫刻のように見えますが、人が身につけると印象が大きく変わります。作品にとって身体はどのような存在ですか。
岡﨑 ドレスは、人が着ることでひとつの完成を迎えると思います。いっぽうで、マネキンに着せた静かな状態にも、物だけがもつ彫刻的な存在感がある。僕はどちらも好きです。ただ、人が入ると肌の色や骨格、動きによって、僕が想像していなかった見え方が生まれます。着た人が作品を自分のものにしていく。そこにはファッションならではのマジックがあります。
制作では、まず身体から導かれるかたちを考えます。身体に別の関節が加わったり、感覚が外側へ広がったりして、人が別の生き物へ変わるようなイメージです。身につけるものは身体を覆うだけでなく、その人の感覚や存在の範囲を拡張できるのではないかと思っています。

──展示空間に置かれたときと、人が着たときでは、作品との出会い方も変わりますね。
岡﨑 そうですね。マネキンに着せると、似合う、似合わないという感覚から離れて、造形そのものに向き合えます。でもショーでモデルが着ると、その人の佇まいによって作品がまったく違うものに見える。モデルが「これは自分のものだ」というように着こなしてくれる瞬間には、つくり手である僕自身も驚かされます。制作中だけでなく、完成した後にも予想外の変化が続いていくことが面白いんです。

光と制約が生む、「N°8」の自由なフォルム
──N°8を初めて見たとき、どのような印象を受けましたか。
岡﨑 最初は、率直に「変わったクルマだな」と思いました。でも、見れば見るほど面白い。一般的なクルマとは違う姿で、エレガントさと力強さを同時に感じました。説明を聞きながら細部を見ていくと、ライトの内部やラインの切り替え、スピーカー、素材の選び方にまで、つくり手の意志が貫かれている。こんなに自由にクルマをデザインできるのかと驚き、僕もデザインしてみたいと思ったほどです。
量産されるプロダクトでありながら、強い作家性を感じます。一点ものなのではないかと思うほど、意匠が細部までつくり込まれている。それだけ、つくり手の意志が隅々にまで行き渡っているということなのでしょうね。

──N°8の曲面や色の切り替えが生むラインを、造形作家としてどのように見ましたか。
岡﨑 僕の作品の曲線は、素材の反発や重力によって自然に生まれてくるものです。それに対してクルマの曲線は、人が何度も線を引き、機能を検討しながらつくり込んでいく。同じ曲線でも成り立ちは違いますが、全体の印象を決めるひとつの線に、多くの判断が重なっているところは興味深いです。ボディカラーの切り替え線もグラフィカルに見えて、単色のクルマとは異なる視覚的な楽しさを感じました。
──光が加わることで、クルマのかたちや存在感はどのように変わって見えましたか。
岡﨑 光をひとつの素材として扱っていることが伝わってきました。点灯したときに初めて浮かび上がる四角形やひし形など、幾何学的な細部が面白いですね。たんに周囲を照らすための機能ではなく、光そのものによって新たな造形を生み出していると感じました。
僕もベロアなど、光を受けることで見え方が移り変わる素材をよく使います。太陽光ならこう見える、と具体的に決めるのではなく、光との干渉によって別の表情が生まれそうな素材や使い方を選ぶ。光の向きによってできる影まで、作品の一部として立ち上がるような状態を意識しています。そういう意味でも、N°8における光の扱いには共感するところがありました。

──クルマの空力性能や、衣服の「身につけられること」のように、ものづくりには様々な条件があります。そうした条件は、新しいかたちを生むきっかけにもなるのでしょうか。
岡﨑 制限があるなかで、面白いかたちをつくることはできると思います。乗り物であること、空気抵抗を減らすこと、室内を広く取ること。N°8は、そうした条件を満たしながら、ここまで独自のデザインにしている。それはすごいことですよね。条件がないほうがつくりやすいとは限りませんし、制約のなかで新しいものを生み出すこと自体が、創造の面白さなのだと思います。

──N°8の室内に身を置いた体験はいかがでしたか。
岡﨑 荷室を見たときにも広いと感じましたが、運転席や助手席に入ると、室内にもこれほど空間があるのかと驚きました。乗り込んだ瞬間のレザーの香りも印象的でしたね。未来的で主張のあるデザインなのに、座ると落ち着き、ずっとリラックスしていたくなる。高級なラウンジのような感覚がありました。
ステアリングを握ると、このクルマを自分で動かしてみたいという気持ちになりました。運転するときには、自分の身体がクルマの大きさまで拡大し、それをどう扱うかという感覚がある。衣服が身体の感覚を外側へ広げるように、クルマにも身体を拡張する存在として通じるところがあるのかもしれません。



素材の反発に耳を澄ませ、反復する手の動きから、まだ見たことのない曲線を立ち上げる岡﨑龍之祐。その視線がN°8に見いだしたのは、自由な造形の背後にある、つくり手の意志と試行錯誤だった。官能的な曲面と鋭いライン、光が描く幾何学、空力性能から導かれたディテール。感性と機能がひとつに結ばれたその姿は、見るほどに新たな表情を現す。「変わったクルマ」という最初の驚きが、乗ってみたいという衝動へ変わったように、N°8は移動の道具を超え、人の身体と感覚を外の世界へとひらいていく。

































