【DIALOGUE for ART Vol.8】「自己」と「他者」、異なるモチーフをアートで深く掘り下げていく

「OIL by 美術手帖」がお送りする、アーティストの対談企画。今回は、T9G(TAKUJI)と松山しげきが登場。現代に生きる人間のありようをテーマに、インスタレーションや絵画で表現を続けてきた松山と、フィギアの造形師だったキャリアを生かし技巧に富んだ立体作品を手がけるT9Gに、今年新設したばかりという松山のアトリエで話を聞いた。

文=山内宏泰 撮影=西川元基

松山のアトリエにて。松山しげき(左)とT9G(右)

「確信ある造形」はどこからくるか

T9G 出会って15年くらいになりますが、アトリエにお邪魔したのは今日が初めてですね。

松山しげき(以下、松山) これまで使っていたところが手狭になったのでここに移ったんです。天井高もゆうに3メートルを超えていて、使い勝手は抜群。満足しますよ。

T9G  僕も今年アトリエを新しくしましたが、こんなに広くはないかな。2階建ての店舗を借りて1階がアトリエ。2階は以前から手がけていたソフトビニル・フィギアの製造をする作業場になっています。3ヶ月に1回くらいはショップとして使う想定で外観やエントランスを少しお洒落にしてみたら、近所の人が「パン屋でも始めたの?」と間違って買いに来たりして(笑)。アーティストのアトリエだと認識してもらうのは、なかなか難しいものです。

T9G

松山 僕らには共通の友人も多く、ふだんはお酒を飲む場所で会ったりするから、自分たちの作品の前でこうして差し向かいになるのはすごく新鮮ですね。持ってきてもらった立体作品《RANGEAS》を改めてこうして間近で見ると、絶妙なバランスとボリューム感を持った造形力に感心します。

T9G  フィギアやアートトイの造形師として長くキャリアを重ねてきたから、立体物をつくるうえでの技術に不安はないんですよね。頭に思い描いたかたちは、どんなものでもつくれるだろうという自信があるというか。

松山 「これしかない」という確信に満ちた造形に感じられるのは、圧倒的な技術力の賜物、と感じます。

T9G 技術への自信と、あとは思うがままにつくれる歓びが反映されているからかもしれません。かつてアートトイのジャンルで制作活動していたときは、つくるかたちにかなり制約がありました。商品として成立させるなかで、つくる内容が決まってくるという面もあり、素材がソフトビニルだから金型がとれるかたちに収めなくてはいけなかったりもして。わかりやすく言うと、何をつくるにしても、ずんぐりむっくりしたかたちにしないといけなかったんです。数年前からアートの世界で創作をしていこうと決めてからは、これまで縛られていたそれらの制約を気にすることなくつくれるようになりました。頭のなかに浮かぶかたちを妥協なく実現できる、その歓びに浸り切っている状態がいまも続いています。そのために人の眼には「確信のある造形」と映るのかもしれませんね。

松山しげき

松山 とはいえ、アートトイはもう振り返らないといったスタンスじゃないですよね。自分のフィギアと他のフィギアを組み合わせることでまったく新しい造形にする「SAISEI」シリーズや、フィギアをヒモで吊るして天地がバラバラになる《Mrionette》(2010)などは、アートトイの特性を生かしたコンセプチュアルな作品で、僕はすごく好きです。

T9G たしかにソフトビニルの可能性を追求して、アート作品へ昇華させるにはどうしたらいいかとあれこれ考えてきた過程が、それらの作品を生む原動力になったと思います。ジャンルに新しいものを付け加えたいという意識はつねにありますね。ソフトビニルの眼の表現として、ドールアイという義眼を嵌めて使ってみたのもその一環。フィギアにとって「眼」は最重要部分ですから。ドールアイは使いようによってキャッチーにもなるし、まぶたもあわせて付けたりすると恐ろしいほどリアルにもなります。二面性のある表現になるので気に入っています。

松山 つねにキャラクターの印象を強めようと努めているんですね。

T9G こうして話していると、自分の創作がいかにキャラクターありきであるか、改めて気づきます。

松山の「Portrait of Dazzle」シリーズ。取材時も複数の作品の制作が同時進行で進んでいた
松山のアトリエの窓辺にそっと置かれていたT9Gの作品

アートとは問題提起だ

T9G 松山さんの作品もインパクトが大きいですよね。《Portrait of Dazzle》(2021~)を最初に観たときは、ひと目で松山しげきだとわかるイメージが確立されたなと感じられて、「やられた!」感が強かったです。フィギアもそうですが、絵画でもやっぱり眼は命。「Portrait of Dazzle」シリーズは否応なく眼に注目する表現になっていますし、シルエットになった人体のフォルムもカッコいい。見てるだけで自分の創作のモチベーションまで掻き立てられます。

松山 この作品をきっかけに広く知っていただけるようになり、ひとつの転機となりましたね。絵画はもともと、インスタレーションの舞台装置のひとつといった位置付けで、まずはつくってみようと。以前はインスタレーション作品の発表がメインで、絵を単体で描いて作品化しようとは考えていなかったんです。ところがコロナ禍になると、インスタレーションをどこかに設置して、そこへ人に見に来てもらうということがなかなかできなくなってしまいました。アーティストとして活動を続けていくには、コレクターに1点ずつ買ってもらえるようなものもつくらなくては……。そう考え始めた矢先、ギャラリーでグループ展の声をかけていただいたので、絵画作品として描いたのが《Portrait of Dazzle》。そこからシリーズ化していきました。

T9G あのビジュアルはどう確立されていったんですか?

松山 眼のイメージが起点になっているのはたしかで、絵のなかで描いている眼は、SNSにアップされた世界中の人の自撮り写真画像をモチーフにしています。でも見つけた画像のうち、髪型や体格、性別に至るまで、眼以外の要素はすべて描き変えてしまいます。描き手である僕が、眼以外の見た目を自在に大胆に変えてしまっています。インターネットの情報が発信者にもそれ以外の人にも切り取り変形させられる可能性はつねにあり、いかに不確実かつ危険性も孕んだものであるかということを問題提起したいという思いから、あの表現にたどり着きました。

松山しげき《Portrait of dazzle #180》(2022)

T9G コンセプトが明確なところも、人気の理由のひとつかと思います。

松山 僕がイラストレーターとして仕事をしていたときの考え方が影響しているかもしれません。その当時は、コンセプトとはクライアントのオファーに含まれているものであり、重要なのは、いかに美しいビジュアルを打ち出せるかだと思っていました。いっぽうでアート作品を制作し始めてからは、ビジュアルよりもコンセプトを重視し、ビジュアルはコンセプトから生まれてくると考えるようになりました。まず問題提起があり、どういうかたちでアウトプットするとそれがもっともよく伝わるか、あれこれ考えていくという順番ですね。もちろんイラストレーションもはっきりとしたメッセージを持っていたり、問題提起を含んでいたりしますけれど、その課題はあくまでも発注側が発信してくるものを受け止めるかたち。アートは、自己発信的な問題提起をもとに、ものをつくっていく営みであるのだと思います。

T9G 自己発信的な問題提起というのは、自分のいちばん気になること。やりたいことにつながっていくから、そこがはっきりするとビジュアルもどんどん浮かんできそうです。

松山 本当にそうですね。細部もそれによって決まってきたりして、例えば「Portrait of Dazzle」シリーズに描かれる眼のなかには、発光する四角形のスマートフォンを必ず描き込んでいます。モチーフにしている「眼」はセルフィーですから、実際の画像も視認できないまでもスマホが瞳にきっと映り込んでいるだろうと思って。スマートフォンこそ、このシリーズの象徴的なモチーフです。僕はこれを肖像画として描いていますが、モデルは実際の人間ではなく、スマホで僕が探し出したネットのなかの人物。スマホを通してモデルと画家のコミュニケーションが行われて、作品ができているという構造になっています。スマートフォンはこの絵画の成立に欠かせないため、ぜひどこかに描き入れておきたかったんです。

作品に込めるメッセージを明瞭に説明する姿が印象的な松山しげき(左)
造形の面白さや向き合い方について興味深く説明する姿が印象的なT9G(右)

造形物は「自分そのもの」

松山 僕が最近描いているのは肖像画で、他者にばかり目を向けているけれど、以前からT9G作品に登場しているキャラクター「RANGEAS」とは、どんな存在なんでしょう。他者、なのでしょうか?

T9G  これは他者ではなくて、自分そのもの。とくにアートをやり始めてからの僕のテーマは、一貫して「自分自身」。RANGEASは、ずっと僕の造形のモチーフになっているけれど、もともとは僕の夢のなかに出てきた存在です。いきなり夢に登場してきて、こっちは怖いなあ、嫌だなあと思っているのに、あっちは「これからオマエの作品のなかですごく働いてやるぞ」とでも言いたげに、やたら自分にくっついてきて。夢を見てからしばらく経ち、怪獣を造形しようと思い立ったとき頭に浮かんだのが、夢で見たアイツの姿でした。ソフトビニルのマテリアルにしてつくってみると評判が良く、僕にとってアイコンのような存在になっていったんです。今回の出品作では、夢に出てきたときのRANGEASのかたちを忠実に再現してみました。僕がアートをやっていくうえで欠かせないキャラクターRANGEASの、本来の姿をぜひ見てもらいたいですね。

T9G《RANGEAS born(白)》(2022)。この対談企画のためにT9GはRANGEASの色について、松山を意識した黒と白で仕上げてくれた

松山 こういうとき立体造形はいいですね。本物が目の前に実在するので、存在感があるといいますか。この2体は彩色されているからあまり見えないけれど、造形色のままだと指の痕などの手業が見えるのもまたいいんです。

T9G  原型師をやっているときはとにかく表面を滑らかに美しく、人の手を感じさせないように仕上げる必要がありました。その反動もあるのか、いまは手の跡が残っていたりするのがカッコいいなと思ってしまうんです。見る人にも、きれいでツルツルの仕上げとは違った造形美にドキドキしてほしいです。

T9G《born》(2022)。最近は油彩画の制作にも積極的に取り組んでいる

 2年ほど前から絵画の制作も始めたのですが、そちらも手の痕跡がたっぷり出ている作風になっているので、そこを見ていただきたいですね。最初はアクリル絵具を使ったりしてみたんですけど、習熟していないからあちこち直したくなってしまって、仕上がりがきれいにいかなくて。人に勧められて油彩画をやってみると、何度でも直しがきくし、絵具を厚く盛ると造形のような表現もできるので、夢中になりました。造形はもう技法的な発見などめったにないのに、絵はやればやるほど発見の連続で楽しいです。僕の場合は自分への問いかけが創作のテーマなので、作品を買っていただけると自分を丸ごと認めていただけたような気がしてすごくうれしいです。自分のやってきたことが、間違ってなかったんだなと実感できる瞬間でもあります。

松山 僕もイラストレーター時代はクライアントワークがほとんどで、自分のつくったものをそのまま買ってもらえる経験ができるようになったのは最近のこと。作品を好きになっていただいて、身近に置きたいと思っていただけるというのは、やはり端的にうれしいことですよね。これからも見てくださる方の期待に応えたり、上回ったりしていきたいです。いまやっている「Portrait of Dazzle」シリーズも、自分のなかではあくまでも作品シリーズのひとつ。今後はまたインスタレーションも手がけてみたいし、映像を用いた作品にも挑戦したいですね。メディアにこだわらず、どんどん作品を生み出していきたいです。

T9G 僕は今後、立体作品を巨大化させていきたいですね。目標としては、10年後に10メートルサイズの彫像をつくりたいと思っています。それがパブリック・アートとして公共空間を彩るようになったりしたら最高です。巨大なRANGEASの設置に手を挙げてくださる自治体、どこかありませんでしょうか?

今後の展望も楽しみなふたり。新たな展開へのアイディアはたくさんあるようだ

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編集部

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