2月17日〜19日の期間で、千代田区北の丸公園内に位置する科学技術館にて新たなアートイベント「EASTEAST_TOKYO 2023」が開催される。東京拠点を中心とした24のギャラリーなどが作品を展示・販売、様々なプログラムを展開するほか、街頭での映像上映やクラブでの音楽イベントなどのオフサイトプログラムも実施される。
鼎談に登場したのは次の3名だ。音楽・舞台芸術分野の企画・キュレーションを手がける中野勇介(ディレクター)。CALM&PUNK GALLERYの企画・渉外を担当し、ベルリンにてストリートウェアをメインにアートや音楽を連動させるC.C.P.を2020年に創設した渡邉憲行(アソシエイトディレクター兼ギャラリーリレーション担当)。ロンドンのセントラル・セント・マーティンズでグラフィックデザイン学部を卒業し、EASTEAST_ではコミュニケーション統括・アソシエイトディレクターを務める倉沢琴。
2020年6月に「EAST EAST_Tokyo」第1回が開催され、今回大幅にリニューアルして再始動するというその経緯から話を聞いた。
アートフェアとしての境界を広げる
──皆さんはどのような経緯で「EASTEAST_TOKYO 2023」に関わるようになったのでしょうか?
中野勇介(以下、中野) 今回、僕も含めここにいる3人の企画チーム(ディレクター陣は全4名、もう1名は黒瀧紀代士/デカメロン)がディレクターとして関わる前に、前身となるアートフェア「EAST EAST_Tokyo」が2020年に開催されました。馬喰町のギャラリーPARCELや、SIDE COREのメンバーが中心となって、7〜8軒のギャラリーが参加するフェアでした。今回も彼らが運営に関わっています。初回は彼らのコミュニティが凝縮されたプレゼンテーションだったので、もう少し界隈を超えた規模で開催した方が意義があるのではないかということで、オファーをいただきました。
僕は2020年の回で、いち鑑賞者としてフェアに遊びに行ったのですが、渡邉はCALM&PUNK GALLERYで出展者として参加していました。1回目のアートフェアは作品の売買に特化していて、そういう点ではかたちが確立していました。でも、作品が切り離された商品として見えるのではなく、アーティストやギャラリスト、またコミュニティが持つ魅力を伝えるアートフェアにしたいと初回のメンバーは話していました。
渡邉憲行(以下、渡邉) 初回は、アートバブルの状況でアーティストや作品に理解を深めず、ただ作品が青田買いされている状況に対してカウンター意識がありました。マーケット主導のアートは、PR戦略やビジネスがうまくて、作品の本質とは別の部分の付加価値が強いところにお金や注目が集まる傾向があります。その状況に対して自分たちができることを模索する機会でした。
──作家と向き合ったギャラリーのあり方、フェアのあり方を問い直すようなヴィジョンに裏付けられているんですね。
渡邉 そうですね。例えば自分の場合は美大を出ているわけでもないし、大手のギャラリーで修行をしてギャラリストになったわけではないです。だからこそ、展示を企画すること、作品を展示をすることに関してアーティストやお客さんとなる仲間たちとイチから模索してきた経験があります。だからこそ作品を生み出す環境やコミュニティを意識して、作家と強いつながりをもつことは大切だと思います。そうすることでギャラリーも作家と二人三脚になり、プライマリーのギャラリーとして責任をもって作家の活動や作品を紹介できるはずですから。
──2020年に得られたものをどう活かし、何を変えるのでしょうか?
中野 初回から関わるメンバーとディスカッションを繰り返すなかで出てきたのは、「界隈をもっと超えて開催したい」という声です。そうしたときに、最初にかなり時間を使ったのは、どこのギャラリーに声をかけて、どういうイベントにするかというディスカッションですね。
渡邉 すごく勉強になるプロセスだったんですけど、ひとつの手がかりになったのが、あるメンバーがつくってくれた東京のギャラリーの相関図でした。数十年前に開廊したようなところからアーティストが運営するギャラリーまで、どこの画廊出身の人が何年前に始めたギャラリーとか、その情報が参考になりました。3〜4時間の打ち合わせを何回も繰り返して、ひとつの界隈に偏らず、ロジックと感覚の両軸を働かせながら、声をかけるギャラリーを自分たちが納得するかたちで固めていった記憶があります。
中野 いまの話に少し補足させていただくと、それこそ資本的な体力やPRの発信力などのリソースが備わっていないけど、意欲的で面白いことをやっているギャラリーはありますよね。自分も普段からそういうギャラリーを探したり、訪れることを楽しんでいます。いまはアートに限らず情報が錯綜しているので、アートがいくら好きでもそういう情報にたどり着けなかったり、情報を受け取るだけになったりということも起こってしまいます。その状況で、「EASTEAST_」はひとつのプラットフォームとして、色々なアートを求めているけどほしい情報にたどり着けていない人たちとギャラリー・作家をつなぐ場として機能することが、役割のひとつだと考えています。
分野を超えたオーディエンスを惹きつけるPR活動
──では、オーディエンスとのコミュニケーションの面で、倉沢さんが意識していることを聞かせていただけますか?
倉沢琴(以下、倉沢) アートに関係するグラフィックデザインを見ていると、賢そうというか、少し敷居が高く感じられるものが多い印象がありました。今回のイベントには、アートを紹介するだけでなく、アートをきっかけに色々な人が集まったり、違うコミュニティを行き来したりする回廊やプラットフォームのような場としての役割も感じていたので、アートらしい“賢さ”を残しながら、遊びや楽しさを全面に感じてもらえるヴィジュアルにしたいと思っていました。イベントに参加していただくギャラリーやアーティストの本質を薄めずに、もう少しカジュアルに、アートに限らず、ファッションや音楽に興味がある人たちにも届くヴィジュアルにするということはとくに意識しました。
──グラフィックデザインはどなたが担当されましたか?
倉沢 岡﨑真理子さんです。たくさん展覧会などのヴィジュアルを手がけられている方なので、ブランディングにおいてアートの排他性みたいなものをどれだけ排除できるかということを話し合って、ポスターやフライヤー、ウェブサイトなどをデザインしていただきました。EASTEAST_の「EASTEAST」部分は、色々なバブルが重なっていたり、つながっているように見えて、とても気に入っています。また、EASTEAST_というタイトルのなかの「_(アンダーバー)」もデザインのポイントです。界隈を越える、アートと人をつなぐ、人と人が出会うなど、何かを接続する象徴としてどう活かすか、ディレクターの中野も交えて話し合い、岡﨑さんから線に色々なかたちがあってもいいのではないかとご提案を受け、いまのかたちになりました。映像では線がびよんと曲がったり、伸びたりしています。
──従来のアートフェアや展覧会の広告ツールをどのように参照したのでしょう?
倉沢 アートフェアももちろんですが、音楽フェスなどのページも参考にしました。今回はホームページにコミュニティアグリーメントのページをつくったのですが、国内のアートイベントでそういったページはほとんど見かけません。いっぽうでクラブシーンなどでは、国内でもステートメントなどのかたちで、参加者、関係者へ向けた約束事を明文化することが増えてきていると感じています。日中は何をしているかとか関係なく、雑多な人たちが集まれる場所としてクラブは魅力的ですが、だからこそ、そういった約束事が重要だと思います。今回のアートイベントにおいても、人が集まる際にお互いをリスペクトしていい関係を築きたい。そのため、守るべきことを言語化するコミュニティアグリーメントを、海外のイベントを参考にウェブサイトに掲載することにしました。会場にも掲出予定です。
中野 これは自分の体験ですが、ニューヨークでホイットニー・ビエンナーレに行ったとき、あるペインターにギャラリー主催のアフターパーティーに誘われたんです。アーティストやギャラリストは当然ですが、作家の友人のファッションスタイリストやミュージシャン、金融関係で働いている人がいました。そこには自分が好きなミュージシャンもいたんです。それもあり、誘ってくれたペインターについて、絵を見ただけではわからなかった価値観や空気感のようなものを感じとることができました。それ以降、彼の作品は以前とは違った感覚で見ている気がします。アートを入り口にアーティストやその周りにあるコミュニティを体験した経験でした。僕にとってこれはアート体験のひとつの面白さだと思うので、「EASTEAST_TOKYO 2023」には夜のパーティーが必要だと考えました。クラブには分野も関係なく色々な界隈から人が集まってきて、名刺交換することもなく、フラットな関係でコミュニケーションをとるじゃないですか。そういう風に機能してほしいですね。自分たちがクラブが好きっていうのもありますが、音楽プログラムは毎晩あります(笑)。
予期せぬ出会いや発見を期待する
──科学技術館という会場選びにおいて、イベントコンテンツやコンセプトとのリンクをどのように考えましたか?
中野 東京の中心に位置する公園のなかに建てられていて、建物自体が面白いつくりだったことも決め手となりました。今回やろうとしているのは、色々な場所から人々に集まってもらって、好きなものを好きな人同士で磨き上げていくコミュニティが生まれ、その結びつきが広がる広場とか、みんなの中間地みたいな場をつくることだと思っています。そのような意味でも、公園というロケーションは象徴的だと思いました。
──出展するのは東京あるいは東京近郊のギャラリーですね。
中野 まず、東京の生の状態をプレゼンテーションしたい、EASTEAST_に顕在化させたいという思いがありました。なので、今回は海外ギャラリーは呼んでいません。東京のギャラリーを中心にすることを念頭に置きながら、それでも東京以外のギャラリーの名前が挙がってきた場合、いま東京で紹介する理由についてメンバーで議論してオファーし、参加していただいています。ほかにも映像、サウンド・アートを発表する部屋を設けています。そこではデジタルで流通する作品だからこそ、地理的な制限は設けずにキュレーターによって選ばれた多くの海外作家を紹介する展示になっています。
倉沢 いま絶賛進行中ですが、エントランスを入ってすぐのスペースで、トークイベントやラウンドテーブルでディスカッションするような企画も考えています。「EASTEAST_ってこういうところだよね」と一言で言い表すのが現時点では難しいと思うので、アートを軸に多分野の人が出会うことの重要性や、社会においてアートでアプローチできることの可能性など、色々な議題を挙げて話し合うことで、EASTEAST_の解像度が上がっていくようなトークができたらいいなと思っています。
中野 会期終了後の7月に、EASTEAST_のマガジンを刊行する予定です。参加ギャラリーやコミュニティのプレイヤーたちに共通したアンケートをとって、紙のメディアだから見えることがあるはずだと考えています。それができたときにEASTEAST_周りの生態系を観察して、共通項や動きの傾向などを見つけたいですね。
──フェアとしてのどのような成功イメージをもたれていますか。
渡邉 僕らだからできることをきちんと考えて、実行したいです。それは出展者さんの顔ぶれもそうですし、映像に特化した部屋をつくったり、クラブイベントを毎日したり、飲食を充実させたりするような試みもそうです。自分の経験上、忘れられない体験になるのは予定調和外のものに出会うときが多いので。
倉沢 私はヨーロッパに住んでいたのですが、あちらのアートシーンでは、規模の大きな美術館やギャラリーなど、強大なプレーヤーがつねにかっこいいことをやっている印象がありました。由緒正しいところで面白いことをやっていて、新しいものが生まれているイメージです。日本では強烈なプレーヤーがドンといるというより、例えば東京では、都内の色々なところにそれぞれに違った個性をもったギャラリーが点在していたり、各々のチャレンジが色んな場面で繰り返されているところにアートにとっての自由さがあるように感じています。今回のイベントを通じてそれらが交差したら、東京や日本という枠を超えた独自のものが生まれる気がしていて、長期的な視点かもしれないですが、そのきっかけに少しでもなれば成功なのかなと。そこにいまワクワクしています。
中野 僕は参加するそれぞれの人にとって想像していなかったことが起きれば成功じゃないかと思っています。参加するみんなで場とプログラムを準備して、そこで予想外の面白いことが起きたら成功だと思います。
渡邉 出展者や来場者など関係なく、それぞれに予期しなかった出会いや発見があったら成功ですよね。そのための仕掛けをつくっている感覚があります。