現在、4つのエリアでリニューアルが進められている東京メトロ銀座線。京橋、銀座、虎ノ門、青山一丁目、外苑前の各駅では4月以降順次、新たなパブリック・アートが公開されている。このうち銀座駅のパブリック・アートを手がけるのは、アーティストの吉岡徳仁だ。
吉岡は1967年生まれ。倉俣史朗、三宅一生のもとでデザインを学び、2000年吉岡徳仁デザイン事務所を設立。デザイン、建築、現代美術の領域において活動し、その詩的な作品は国際的にも評価されている。
今回、銀座線に登場する《光の結晶》は、吉岡が得意とする素材・クリスタルガラスを636個集積させた、横幅約3.5メートルにおよぶ巨大作品。その制作背景について吉岡に話を聞いた。
──まずは素材にクリスタルガラスを選んだ理由、制作において重視した点についてお聞かせください。
輝きが色あせず、時代を超えられるようなものにすることを重視し、クリスタルガラスを選びました。クリスタルガラスは風化せず、素材自体は半永久的です。今回の作品は今後数十年のスパンでそこにあるものなので、とくに耐久性が重要だったのです。
公共の場所に置かれるものということで、まず考えたのが「光で作品をつくりたい」ということ。非物質的な光というものをどのように表現するかということが重要なテーマでした。そして多くの人が見るものなので、「希望を与えるようなものをつくりたい」ということです。新型コロナウイルスもそうですが、災害や紛争が耐えない世界において、人々のマインドを変えられるようなものにしたいと。
《光の結晶》は636個のクリスタルガラスの輝きが集まって巨大な光となるのですが、そこには「地球に生きるものとして世界がひとつになる」という平和への願いが込められています。作品の輝きを生み出すプロセスには世界地図を用いており、世界を光で表現する構成になっているのです。
──耐久性という言葉が出ましたが、吉岡さんは普段の作品制作において「時間」をどれくらい意識しますか?
当然、物質的な耐久性は考えがますが、基本的なアイデア自体は「時間を感じさせないもの」「時を超えられるもの」を意識していますね。そういう意味では、生み出すものに共通点はあるかもしれません。
──駅は多くの人が行き交う特殊な環境です。そこに設置するということで苦労した点はありましたか?
やはり構造的な問題が一番大きかったですね。駅は振動があるので、それに耐えられる設計を追求するのは大変でした。設置期間のスパンも長いですからね。
──パブリック・アートは周囲の環境との関係性が重要ですが、それについてはどのようなお考えをお持ちですか?
僕の作品はいつもそうなのですが、自分の主張のためではないのです。作品は人を感動させたり、何かを変えるきっかけとなること、というのがもっとも根底にあります。見た人の体験や記憶のなかで完成する。それはパブリック・アートにおいても同じです。
──吉岡さんがガラスや光という素材に惹かれるのも、それそのものはモノとして主張しない、という点にあるのでしょうか?
おっしゃるとおりですね。光は非物質的なもので昔から興味がありましたし、そもそも未来は物質が価値を持たない世界になるような気がしているんです。物を持つことで何かを達成する時代ではなく、体験が価値になったり、物質ではなく影響が作品になったりする。いままで僕が光や風そのものを作品にしてきたのは、そうした考えがあったから。
デザインするときも、「かたち」をつくるのがあまり好きじゃないし、魅力を感じないんです。重要なのはどうやって感動させるか。
──「いかに感動する/させるか」を考えてから、プロダクトや作品をつくるということですね。
そうです。だから制作前の段階が一番大事なんです。極端に言えば、実際には「かたち」がなくてもいい。常識を超えたものづくりをするということがポイントで、「これをつくったらどういうことになるのか」をいつも考えないといけません。作品の大小に関わらず、「限界はどこにあるのか」「それをどう超えるのか」が重要なのです。
パブリック・アートも、いままでは多くが陶器や鉄でできたものでした。耐久性を考えればそうなるのは理解できますが、同じことをしても面白くない。だったらガラスを使ってみようと。
新宿駅にある《新宿の目》は好きですよ。あれくらいパワーがあるほうがいいですよね(笑)。
──《新宿の目》は新宿駅西口を象徴する存在ですが、今回の《光の結晶》も「銀座駅といえば」という存在になるでしょうか?
そうなれば理想的ですね。アートやデザインに親しんでいない方でも、「なんだろう?」と興味を持ってもらえる存在になれれば。