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なぜいま「ロシア宇宙主義」か? 「e-flux」創始者アントン・ヴィドクルに聞く

オンラインジャーナル「e-flux」の創始者として知られるアーティスト、アントン・ヴィドクルが2017年11月から12月にかけ東京・浅草のギャラリーASAKUSAで個展「ロシア宇宙主義:三部作」を行った。20世紀初頭に発生し、ロシアの知識人たちに多大な影響を与えた「ロシア宇宙主義」。ヴィドクルはなぜこれを作品に取り込んだのか? 気鋭のロシア文学者・乗松亨平が来日したヴィドクル本人に話を聞いた。

聞き手・訳=乗松亨平(東京大学大学院総合文化研究科准教授)

アントン・ヴィドクル これが宇宙である 2014

 世界の現代美術を牽引するプラットフォーム「e-flux」の創始者アントン・ヴィドクルが、みずからの出自であるロシアに立ち返った映像作品《ロシア宇宙主義》三部作が、ギャラリー・アサクサで公開された。すべてのかつて生きた人類を科学技術により復活させよ、そのあかつきには手狭になる地球を離れて宇宙へ飛び立て――このような奇矯なアイデアを唱えた宗教哲学者フョードロフに発する思想「宇宙主義(コスミズム)」。ロシア・ロケット工学の父ツィオルコフスキーもその影響下にあった。なぜいま宇宙主義なのか、e-fluxの活動との関係は――次回作のロケハンのため来日したヴィドクルに聞いた。

──アサクサで拝見したあなたの《ロシア宇宙主義》三部作は、たいへん興味深いものでした。ご存知のように宇宙主義は、ソ連崩壊後のロシアで、キリスト教の復権にともない広く知られるようになった思想潮流です。例えば日本語訳もある、セミョーノヴァの『フョードロフ伝』(水声社)やセミョーノヴァ/ガーチェヴァ編の『ロシアの宇宙精神』(せりか書房)は、そのような流れのなかにありました。しかし、あなたが宇宙主義に寄せる関心は、こうした宗教的でいくぶんナショナリスティックな文脈とは隔たっていますね。宇宙主義のどのようなところに、あなたは惹きつけられたのでしょう?

アントン・ヴィドクル これが宇宙である 2014

 私の映像作品では、宇宙主義を一種の左派思想として提示しました。その理念は唯物論や社会主義、普遍主義の伝統と深く関わっています。宇宙主義の開祖であるニコライ・フョードロフ(1829〜1903)を、保守的、宗教的でナショナリスティックな思想家として解釈し、利用しようとする人がいるのはたしかです。しかし、これは完全な誤読だと思います。フョードロフの宗教理念はきわめて異端で、正教会の教えの根幹に反するものでした。彼はいわば、神を構築することを唱えました。労働や理性、科学、技術、組織といった能力を用いて、人間が神をつくりあげるというのです。突き詰めると、彼には神は必要ありません。私たちは神の啓示など待たずとも、不死を達成し、祖先を復活させることができるのですから。フョードロフが生前ほとんど著作を発表しなかったのはそれが一因でしょう。教会から破門されるのを恐れたんです。

アントン・ヴィドクル これが宇宙である 2014

 フョードロフの言う「共同事業」の普遍的性格は、彼のナショナリスティックな傾向よりはるかに重要です。民族や宗教、ジェンダー、階級などに関わりなく、すべてのかつて生きていた人々を復活させようというのです。また、社会の組織や、資源の再分配、人間関係の再編といったことを、彼はマルクス主義の精神にとても近いかたちで考えていました。著作のなかで、彼は社会主義に反対していますが、ブルジョワ的生活や私有財産、物質的利益を放棄したその生きかたは、じつは真の社会主義者のものだったと言えるでしょう。

アントン・ヴィドクル これが宇宙である 2014

──ナショナリズムについてもう少しお尋ねします。あなたの三部作の第二部「共産主義革命は太陽が原因だった」は、カザフスタンのカラガンダで撮影されています。作品のなかでとりあげられる、宇宙主義者のアレクサンドル・チジェフスキー(1897〜1964)が、収容所を出たあと暮らした場所です。偶然にも、さほど遠くないところには、ロシアの宇宙開発の拠点であるバイコヌールがあります。しかしこの場所は、宇宙主義ともうひとつ関わりがあります。カザフ・ステップとその遊牧民は、宇宙主義に影響を受けたロシアのユーラシア主義にとって、重要な意味をもつものです。ロシアのルーツをヨーロッパではなくユーラシアに見出すその思想は、現代ロシアの地政学的戦略にも関わっていますね。人間の歴史周期が太陽に影響されるというチジェフスキーの理論は、新ユーラシア主義の開祖であるレフ・グミリョフ(1912〜92)によって、「民族創成(エスノジェネシス)」論へと発展されました。こうしたユーラシア主義の文脈は念頭にありましたか?

アントン・ヴィドクル 共産主義革命は太陽が原因だった 2015

 私が子供時代を過ごしたソ連は普遍主義の国で、政治的秩序によって民族の違いがほとんど抑え込まれていました。ソ連にレイシズムやナショナリズム、さらにはある種の植民地主義がなかったわけではありませんが、それは例外的でした。いっぽう、そのあと家族で移住したアメリカは、人種や民族のアイデンティティ、奴隷制やジェノサイド、植民地主義に関わる歴史や政治が、あらゆるものに影響を与える社会でした。それは悲劇的であると同時にほとんど喜劇的なほどです。ソ連がユートピアだったと言うつもりはありません。それどころか、ソ連の権力はいろいろな点でひどく抑圧的でした。しかし、11ものタイムゾーンに分かれた広大な国に住む多種多様な人々を統合し、民族の違いを問題化させなかったのは驚くべきことです。このような旧ソ連の領域として、私はユーラシアに興味を覚えます。そこではイデオロギーが起源の神話を強調するのではなく、共産主義という共通の未来の建設を謳っていました。

アントン・ヴィドクル 共産主義革命は太陽が原因だった 2015

 私の作品に関して言うと、私は単純に、何人かの宇宙主義者が過ごした場所をたどったのです。彼らが暮らし、旅行し、収監され、流刑された場所を。映像作品の制作を決めたとき、最初に問題となったのが、何を撮るかということでした。宇宙主義はエフェメラルなもので、評論やアート、詩、科学的理念や哲学といったかたちで存在しています。これが宇宙主義だと示せる対象があるわけではないものを、表現するのは難しい。宇宙主義者の手稿をたんに映したり、関係者が話すだけの伝統的ドキュメンタリーはつくりたくありませんでした。だから、この運動の主人公たちがどういう場所で過ごしたか、その外貌を撮ることにしたのです。もちろん、私たちは彼らから一世紀かそれ以上隔たっていますから、自然や風景を除くと、人物と場所との結びつきもいまやはっきりしません。それでも私は、まだそこにある何かを捕まえて記録したかったんです、たとえ幽霊みたいなものでもね。そういうわけで、三部作の第一作を撮るために、クリミアからアルマトイ、アルタイからカルーガ、アルハンゲリスクからカラガンダまで旅しました。それはもう長い旅路で、ステップもあればヒマラヤの山麓もあり、ロシアの中部や北方にも行きました。そのすべてがソ連の領土だったのです。

アントン・ヴィドクル 全人類に不死と復活を! 2017

──今日はフョードロフの『共同事業の哲学』の古い日本語訳をもってきました。

 これはすばらしい。

──この訳書には、戦前の日本でユーラシア主義を翻訳紹介したロシア研究家・嶋野三郎(1893〜1982)が序文を寄せています。嶋野はいわばユーラシア主義の日本版であるアジア主義の支持者でした。フョードロフもその文脈で、1943年という第二次世界大戦のさなかに翻訳されたものと思われます。

 この翻訳の原典はハルビンで出た本だと聞いています。ロシア革命後、ハルビンには多くのロシア人が亡命し、そこには重要な宇宙主義者も含まれていました。

──はい。嶋野は南満州鉄道会社に勤めていました。

 私の祖父は満州で死んだんですよ。彼はパイロットで、ハルハ河の戦い(ノモンハン事件)で撃墜されました。この本と私は家族の歴史で結びついているんです……。どうして宇宙主義が帝国主義のイデオロギーに取り込まれることになったのですか? 両者の理念に似たようなところがあったんでしょうか。

──嶋野を「帝国主義者」と呼ぶのは適切でないかもしれません。アジア主義者の中には日本の侵略に積極的に加担した者もいましたが、アジアの植民地が団結して西洋に対抗するのだと理想主義的に信じていた者もいました。両者をはっきり区別することはできないにせよ、嶋野は後者のほうに近く、アジアの団結の平和的モデルを求め、ユーラシア主義に関心を抱いたのだと思います。ユーラシア主義の地政学的プロジェクトは、「ソボールノスチ(集合性・公同性)」や「フセエジンストヴォ(全一性)」というロシアの宗教的理念にもとづいていましたが、それはフョードロフに学んだ宗教哲学者ヴラジーミル・ソロヴィヨフ(1853〜1900)が広めたものでした。嶋野がフョードロフに興味をもったのはそのためでしょう。次回作は日本で撮影されるんですよね。

 ええ、この本がひとつの動機です。宇宙主義の翻訳は多くはありません。ドイツ語訳は多少あって、たとえばアレクサンドル・ボグダーノフ(1873〜1928)は1920年代にベルリンでたくさん出版されましたが、フョードロフは訳されませんでした。英訳もごく最近までわずかでした。だからすでに1940年代に日本語訳があったのは驚きなんです。

ヴィドクルの日本におけるロケハンの様子 撮影=Louie Young

──ただ、フョードロフの不死の理念は、いかに特異なものとはいえ、やはりヨーロッパのキリスト教文化の産物であるように思えます。私たち日本人にとっては、仏教の不死の理念である輪廻転生のほうが、伝統的には馴染みのあるものです。フョードロフは「共同事業」を唱えましたが、すべての人が生前のアイデンティティを保って復活するという彼の理念は、輪廻転生に比べると近代的で個人主義的ではないでしょうか。輪廻転生はアイデンティティを解体します。

 輪廻転生は、ある重要な点において、キリスト教の復活の理念とあまり変わりません。道徳と罰という観念が共通しているのです。輪廻転生はランダムなものではありません。いまの生での行いに応じて、次の生で罰されたり報われたりするわけです。キリスト教でも同様に、世界の終わりに神がすべての人を裁いて、罪がなく天国で不死を手に入れるのは誰かを決めます。万人が天国に入れてもらえるのではなく、多くの者は地獄で焼かれるのです。仏教の輪廻転生もキリスト教の復活も、神の裁きを強調することで、人々がやりたい放題にしないようコントロールしています。それとフョードロフが根本的に違うのは、すべての人の不死と復活を主張する点です。善人だろうと悪人だろうと、殺人者だろうと親切な人間だろうと関係ありません。これはまったく異なる考えかたです。

ロケハンの記録映像より 撮影=Louie Young

──宇宙主義者のなかでも、コンスタンチン・ツィオルコフスキー(1857〜1935)は輪廻転生に似たことを言っていますね。

 そうですね。彼によれば、私たちの身体を構成する原子は、私たちの死に際して歓喜するのだといいます。ようやく人間という形態から自由になれる、と。原子がなんらかのかたちの意識をもっていて、身体や物体から解放されるときに喜びを経験すると、ツィオルコフスキーは信じていました。

 宇宙主義者たちの考えには、きわめて重要な概念に関してさえ大きな違いがあるため、ロシア宇宙主義というまとまった思想や哲学の流派など存在しないと言う人もいます。例えば、フョードロフや多くの宇宙主義者にとって中心的な理念であった復活について、ツィオルコフスキーはほとんど語っていません。あるいは生宇宙主義の創始者であるアレクサンドル・スヴャトゴル(1886〜1937)は、フョードロフは古臭くて単純だと批判するのですが、ところが彼のアナーキズムや未来派的な詩には、フョードロフとまったく同じ理念が取り入れられている……。私自身は、こうした対立や矛盾があるからといって、宇宙主義という思潮を想定するのがおかしいとは思いません。むしろ逆に、対立や矛盾のおかげで、宇宙主義は学問化され死んでしまうことなく、あらたに再考し展開すべきものとして開かれているのです。

ロケハンの記録映像より 撮影=Louie Young

──いまのツィオルコフスキーの汎心論的な原子論もそうですが、宇宙主義は、昨今の哲学やアートで話題となっているポスト・ヒューマンの思想とも関連していますね。たとえば、人間の科学技術が新しい地質学時代「人新世」をもたらすという考えがありますが、これは宇宙主義者のヴラジーミル・ヴェルナツキー(1863〜1945)が唱えた「叡智圏(ヌースフィア)」という概念にさかのぼるものです。

 ええ。ただしかなり異なるものですね。ヴェルナツキーの考えたのはポジティブで幸せな人新世でしたが、最近言われている人新世は、自然が破壊されて訪れるきわめて暗い時代です。

──そうですね、ヴェルナツキーだけでなく、多くの宇宙主義者は能動進化を主張しました。彼らにとって、ポスト・ヒューマンは能動的に目指すべき理想だったわけです。

 現代のポスト・ヒューマンをめぐる言説は、ファシズム的傾向をもっているように思えます。ピーター・シール(編集部註:アメリカの起業家でPayPalの創業者。ドナルド・トランプ支持者として知られている)のような億万長者や政商のあいだで人気があるのはそのためでしょう。そこに欠けているのは倫理です。

 いっぽう、宇宙主義は徹頭徹尾、倫理にもとづいており、倫理抜きにはありえません。宇宙主義に関して西側でよくみられる誤解なのですが、そこで問題になっているのは自分自身の不死ではなく、他者のための、他者とともに不死となり復活することなのです。祖先や両親、子供、愛する者たちの。それはきわめて集団的かつ共同的で、「ソボールノスチ」のようなロシアの精神的理念にもとづいています。

 生命技術や人工知能のおかげで、人間の寿命は遠からず飛躍的に延び、人類はほとんど不死へといたるでしょう。しかし、倫理を欠いたまま技術が発展するのはきわめて危険です。破局的と言ってもいい。最悪のシナリオは、ピーター・シールのような億万長者のエリートが不死となり、彼らによる抑圧が永遠に続くことです。あるいは現在、世界で起きている気候変動の結果、ある場所の人々はいまよりもひどい飢餓と水不足にみまわれ、寿命も短くなるのに対し、ほかの国々は科学の発展の恩恵をこうむり、資源が不平等に分配されることになるかもしれません。生まれた場所しだいで、寿命が30年だったり300年だったりするなんて事態になったら、それこそ最悪のシナリオです。だから、ロシア宇宙主義の理念を回復し、これらの問題をまったく別のしかたで想像してみることが、早急に重要なのです。

12月に東京で行われたアントン・ヴィドクル来日記念座談会の様子

──おそらくは、ポスト・ヒューマン時代における倫理の不可能性ということこそが、現代の哲学者たちを惹きつけているのでしょうが、フョードロフは技術と倫理の調和を目指したわけですね。あなたが創設したアート・プラットフォームの「e-flux」も、インターネットという技術が可能にしたものです。

 私は技術に反対ではありませんよ。もっともe-fluxは、インターネットだけによって実現したのではありません。インターネットのおかげで技術的効率は上がりましたが、なんらかのプラットフォームをつくりだし、知を分けあいたいという欲望や理念は、技術とは関係のないものです。組織して分けあうというのは、昔からアーティストが抱いてきた伝統的な欲望です。アーティストはいつも何かを組織し、発表し、空間をつくり、人々を出会わせ、理念を交換してきました。その点、e-fluxは何も新しくありません。

e-fluxより

──かつてフョードロフが夢みた完璧なミュージアムやアーカイブに、いまやインターネットは近づきつつあります。その意味でe-fluxは、フョードロフの唱えた「共同事業」とみなせるのではないでしょうか。

 そうかもしれませんね。ただ最近では、インターネットは非常にネガティブで悪いものとも受けとられています。個人情報や消費パターンを引き出して集め、商業的・政治的目的に利用する巨大なスパイ機構といった。e-fluxがスタートした1996年は、グローバル・ビレッジやワールド・ワイド・ウェブが謳われた、インターネットのユートピア時代でした。いまはそうした楽天的局面ではありません。しかし、データマイニングのようなネガティブにみえるものでも、思いがけない結果をもたらすことがあります。たとえば、宇宙主義者たちの多くの手稿や書類は、じつはKGBにより保存されていたのです。KGBは人々を逮捕し殺害しましたが、同時にその人々の理念をアーカイブし保存していた……。

──ソ連はすべてを文書化して記録する、トータル・ドキュメンテーションの国家でした。

 ええ。そしてこうしたドキュメンテーションが、未来の復活の事業のために役立つのだと、フョードロフは示唆していました。たとえば図書館は、作家を復活させる実験室となるだろうと。同様にKGBのアーカイブも、そのすべての犠牲者たちを復活させるのにいつか用いられるかもしれません。だからインターネットも、いまは問題にみえますが、あなたが言ったとおりのものになるかもしれない。巨大なフョードロフ的ミュージアム、復活の工場にね。インターネットから何が生まれるか、私たちはまだ知らないのです。

編集部

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