ガウディ未完の建築への挑戦
INAXライブミュージアムは、2011年に国内の主要な建材・設備機器メーカー5社が統合して誕生したLIXILが、INAXブランド発祥の地・愛知県常滑市で展開する、土とやきものの魅力を伝える文化施設。1924年設立の伊奈製陶の遺伝子を受け継ぎ、現在もこの地で陶器を中心に、ものづくりの精神を広く伝える施設として数々の展覧会を企画している。そんなINAXライブミュージアムで、2016年11月5日から始まったのが、同館の10周年を記念する特別展『つくるガウディ』だ。
同展は、100年以上にわたり建設が続いている教会「サグラダ・ファミリア」をはじめ、「グエル公園」や「カサ・ミラ」など、世界の多くの人たちの心をゆさぶり続けるガウディの建築を、「つくる」という視点から紐解くとともに、建築家と職人による公開制作を通して、土やタイルといった伝統素材による表現の可能性を探る試み。これに挑戦したのが、建築家・日置拓人(ひき・たくと)、左官職人・久住有生(くすみ・なおき)、そしてタイル職人・白石普(しらいし・あまね)だ。
日置は1969年神奈川県生まれで、早稲田大学理工学研究科建設工学修士を修了ののち、左官職人・久住章に師事。土や漆喰をはじめ、自然素材を活かした設計を行い、公開制作の会場となったINAXライブミュージアム「土・どろんこ館」の設計も手がけている。
左官を担当する久住は、1972年に兵庫県淡路島で祖父の代から続く左官の家に生まれ、23歳で久住有生左官を設立。ドイツ、フランス、日本などで左官技術を磨き、個人住宅から、商業施設、ホテル、そして歴史的建造物の修復の仕事まで幅広く手がける“左官界のカリスマ”としてファンも多い。
また、タイルを手がける白石は1970年東京都生まれで、20歳のときに1年間、イタリア・ギリシャ各地を歴遊。ローマ遺跡やビザンチン建築に興味を持ったことがきっかけで、タイル職人となった。のちにモスク建設に携わるなど、世界的な視野を持ち合わせたタイル職人としてデザインから制作、施工までを行っている。
今回の公開制作で、この3人が取り組んだのが、ガウディ未完の世界遺産「コロニア・グエル」に着想した作品。「コロニア・グエル」はガウディが逆さ吊り模型を用いた構造実験に10年もの月日を費やし、結果、半地階の礼拝堂部分しか完成に至らなかった建築(未完成のままガウディはサグラダ・ファミリアの制作に移った)。この「コロニア・グエル」から着想を得たかたちを日置が設計し、久住の左官技術と、白石が特別に制作した3種類のタイルによって、一つの作品を5か月にわたり仕上げていく。
もしガウディが日本に来たら
この壮大なプロジェクトは、3人がスペインに渡り、ガウディ建築と向き合うことから始まった。白石は当時の状況についてこう語る。「実際にガウディ建築を見て、何をするかを決めました。そのときは、『左官とタイルのコラボレーションは面白いけど、ガウディじゃなくてもいいんじゃないか』という声もあった。タイルはガウディの特有のイメージがあるので、ガウディに寄せていくのか、違う視点にするのか……。(ガウディ建築に見られるような)破砕タイルだと僕がやらなくてもいいんじゃないの、ということにもなってしまいます(笑)。でも、日置さんがベースとなるかたちをつくってくれたので、あとはもう何をやっても『ガウディ』になる。もし、ガウディが日本に来たならば、現地の素材を使うと思うから、仕上げは自由にやっていこう、ということになりました」。
日本人の発想と技術で挑むガウディ建築。「サグラダ・ファミリア」の完成に向けて、今なお現地で建設が進められるなか、「コロニア・グエル」はこの先も未完のガウディ建築としてその姿をとどめるだろう。日置は言う。「ガウディの研究は世界中で行われているので、数か月(展覧会で)やった程度では歯が立たない。ならば、地下の現存している方の再現ではなく、地上の未完の部分を勝手に想像して表現したほうが面白くなる」。
たんなる再現や模倣では時間的な制約もあり、チープなものしかできない。今回はそれを逆手に取り、まったく未完のものをつくりあげることで、ガウディのエッセンスを閉じこめた。日置は続ける。「今のサグラダ・ファミリアもガウディではなく、後世の人が解釈して、自分たちで表現しているんです。だから、コロニア・グエルも我々のなかで表現する、落とし込んでいくことが重要じゃないかなと。ガウディは、その個人のデザイン力に焦点が当てられがちですが、周りの職人とのコラボレーションでカサ・ミラなどはつくられたことがわかっています。だからそれを常滑でやろうと」。
職人同士だからできること
では、たがいに確固としたキャリアを持つ職人同士の共同作業にはどのような利点、あるいは難点があるのだろうか。久住は「今回はガウディというより、この3人でのコラボレーションという意識が強い」と言う。
「今は職人同士、話をしながらつくるというのは少ないんです。おたがい『良くしよう』として話し合うのではなく、『クレームが出ないように』とか、『工期を守るように』とかがほとんど。私たち3人には、『工期通りに正確に仕上げることが”良い職人”である』とされていることに疑問があったんですね。今回、自由にやれるのだったら、職人同士が話しながらやったほうが思う存分できます」。
左官だけ、あるいはタイルだけが目立つというのではなく、キャッチボールをするように、たがいが良い部分を生かそうという意思がそこにはある。
作業はタイルと左官が交互に進むような工程。久住の仕事について白石はこう評する。「僕は久住さんを絶対的に信頼していました。タイルのかたちがかたちなので最初(11月)は、『どぎついんじゃないの』という声もありました(笑)。でも、久住さんが仕上げていくたびに、全体を見ると完全に収まったなと」。
ガウディの魅力
では、実際に手を動かし、ガウディの思想に触れた彼らにとって、「ガウディの魅力」とはいったいなんなのだろうか。最後に3人の言葉を紹介したい。
「本来、当たり前のことが今はできない。もし今ガウディが生きていて、自分が職人として呼ばれたらめちゃくちゃ燃え上がる(笑)。自分の想像もできないことを一からつくり上げていく、そんな楽しいことはない」。(久住)
「かたち、造形的な面で魅力がある。ちょっと歪んだ造形だと「ガウディっぽい」って言われてしまうくらい、ほかとは違う。こんな建築家はいないですよ。それだけですごい人だなと思います」。(白石)
「ガウディは空間が面白い。僕たちは機能一辺倒で、平面図から入ってつくっていくのが普通だけど、ガウディはまったく違う。図面もつくらないし、いきなり構造実験をしてしまう。そこに機能をつけていく。そういうプロセスを真似ながらやったわけです。今は3Dソフトがあるから簡単にできるけど、あの時代は相当大変だったはず。まだ学べる部分はたくさんあります」。(日置)
なお、3人がつくった“ガウディ”は、『完成!常滑ガウディ』として4月15日より展示。焼きものの街・常滑で建築の新たな可能性に触れてみてはいかがだろうか。