春節の前夜、各ギャラリーや美術館が次々に春節連休の休館を発表するなか、私たちは連休後に展示室で会う約束をした。しかし、思いもよらなかった新型コロナウイルスの流行が、その休館を無期限にしてしまった。驚き、恐怖、不安。武漢で急増する症例数に対して各産業は立ち止まり、人々は自由に外出できない局面に陥った。(美術館が)開館できないという単純な事態ではなく、問題はますます深刻になったのだ
「アート・バーゼル香港」が中止されたことで、アート界の生計を支える美術品が販売できない、という問題がギャラリストを直撃した。しかしもっと根本的な問題は、必需品ではないアートは疫病の流行のなか、疑いなく最後尾に位置付けされるということだ。「いまは誰がアートに関心があるの?」と語ったコレクターもいる。経済的、物質的な側面からの援助に比べてもアートは直接的な援助にはならない。患者を慰めることもできはしない。アート界全体は同じ疑問に直面している──アートには一体何ができるのか?
ウイルスの発生からすでに2ヶ月近くが経った現在、もっとも早くこの危機に遭遇した中国アート界による積極的な行為や対応措置は、ひとつの答えを示しているだろう。この時期のアート界の動きを振り返ることは、評価の良し悪しに関わらず、ある種の啓発になるのではないかと思っている。
アーティストの介入とオークションによる支援
社会的な事件を直視し、自身の制作を通して介入することで知られているアーティスト・趙趙(ザオ・ザオ)は、コロナ発生の初期、《コウモリが着いた》と題された油絵作品を制作した。趙趙は自身のWeChatでオークションを行って作品を販売し、そこで得た収益を、被害地の湖北省赤十字社に寄付することにしたのだ。作品は20万元(約310万円)で落札され、彼はオンライン上で、赤十字社に寄付した振込証明書や資金の流れを公開した。
中国では、赤十字社に対する信頼が薄い。今回の事件においても、湖北省赤十字社の対応には様々な誤りがあったことが明らかになった。それゆえ趙趙は、(赤十字社への寄付を通して)自分の“作品”をより完全なものにしたと言える。つまり、「一枚の絵」だけでなく「一連のパフォーマンス」も行っていたのだ。「寄付する」という行動は、社会の救済システムを監視することだ。彼が寄付者になったときにのみ、その監督責任を問う権利があり、人々に問題の本質を示すことができる。彼は言う。「重大な社会安全保障の事件が発生したとき、私たちはどんな業界にいても、自分の職業属性や社会属性を捨ててはならない。自分の立ち場に責任を持ち込むことで、不思議なことを起こせるかもしれない」(*1)。
いっぽう、フランスのセルジー=ポントワーズ大学人文社会科学の教授・張倫(ジャン・ルン)は、今回のコロナ危機に対して、楽観的な態度を示す。「私は、人間がヒトとしての部分を持っていることに期待をしている」。アートとは人間の本質を反映するものであり、人間が世界に直面するときに体で感じて頭で考えたことを転化した結果だと思っている。このプロセスは純粋なメカニズムだ。私たちが通常の状態に戻るため、ある程度はアートの力が必要なのかもしれない。
美術館などの機関も、経済力と物資の側面から武漢の防疫を支援した。例えば、開館からわずか3年しか経っていない私設美術館「昊美術館」(ハオ・ミュージアム)は、一条(イー・ティアオ)やモダン・メディアやART021と連携し、中国内外80以上の重要な美術機関および100数人のアーティストとともに「風雨同舟―芸術防疫慈善オークション」を行った。このチャリティオークションはオンラインで合計3回行われ、得られた収益はすべて「宋慶齢上海財団」に寄付。防疫物資を直接購入し、発生地域にある60〜80の学校に寄贈した。
チャリティに協力したアーティストには、岳敏君、方力鈞、周春芽、張暁剛、丁乙といった中国の著名アーティストから、ダニエル・アーシャム、グレガー・ヒルデブラントなどの海外アーティストまでが名を連ねていた。蔡国強は、このオークションのために火薬を用いた作品《コウモリの目no.4》(2020)を制作。2枚のキャンバスのあいだで火薬を爆破し、上下を合わせることでひとつの作品にするというものだった。このオークションでは最終的に298点の作品が寄付され、落札点数は248点(落札率87パーセント)に達し、売上総額は1221万3800元(約1億8821万円)を記録した。短期間で、非常に卓越した成績を生みだしたといえる。
オフラインで可能性を広げる
アート作品で直接的に経済支援するだけでない。アートメディア、ギャラリー、美術機関はインターネットを利用し、豊かなコンテンツを隔離中の人々に届けようとしている。物理的空間での展示が不可能になり、バーチャルスペースの可能性を探り続けた結果、アートの伝播には新たな可能性がもたらされたのだ。
2月29日、ユーレンス現代美術センター(UCCA)は「快手」(クアイシュ)と組み、アート・プロジェクト「園音」をオンラインで開催。一風変わったライブ中継を披露した。
公演に参加した9人のミュージシャンはそれぞれ北京、上海、合肥、ボストン、ニューヨークにおり、彼らはライブ中継によって時空を超えたようなコミュニケーションを見せた。観客にはこれまでになかった「クラウド・ミュージック」や「クラウド・ライブ」の視聴体験をもたらし、WeChatやWeiboでは──コロナがもたらす苦痛を一時的に忘れたように──コロナに対する闘志、勝利への自信が生みだされた。オンラインコンサートのタイトル「良楽」が示したように、「楽」は「薬」とは同源のものであり、人々の有形あるいは無形の苦痛を癒す。おそらくアートの有用性もここに現れるのであろう。統計によると、4時間にわたるこのコンサートの累計視聴者数は300万人を超え、100万以上の「いいね」を集めた。同時接続した人数は、ピークで10万人を超えたという。
香格納画廊(シャン・アート)は独自のコンテンツとして、アーティストの「クラウド・レジデンス」という特別シリーズを行っている。これは、所属アーティストをオンライン上のレジデンス形式で2日間招待し、自宅待機中の生活を読者とシェアするというものだ。2月14日から現在まで、12人のアーティストがエッセイや写真、そして「クラウド・オープンスタジオ」というかたちで生活をシェアした。アートファンとの距離を縮め、アーティストが生活のなかで考えて体験したことをどのように作品化するのか、ということを示したのだ。
上海の現代アートシーンを代表する美術館・上海当代芸術博物館(PSA)は、「蓄電、笑顔、再会」と題したオンラインイベントをいち早く開催。WeChatアカウント「煙突PSA」を通じ、毎日絶え間なくコロナに特化した企画を発信していた。そのなかには、国内外で活躍する十数人のデザイナーを招いて「防疫」テーマのポスターを制作する「psD防疫計画」をはじめ、子供向けのオンラインアート講座「PSA親子クラブ」や、様々な分野のアーティストを招待して自宅待機の経験を共有する「クローズド稽古」、ミュージシャンやアーティストたちが童謡をもとに再制作する「尋謡計画」、若手キュレータープロジェクトを紹介する「青策課程」シリーズの連載などが含まれている。
これら一連のオンラインイベントは、物理的空間における美術館の展覧会やパブリック・教育プログラムを全方位的に網羅しており、美術館の実践を多次元化させることで、より多くの人々にリーチするものとなっている。こうしたオンライン上の実践の積み重ねにより、春になって人々がふたたび集まれるようになれば、美術館はより多くのアートファンを迎えることとなるだろう。
パブリック・アートにおける新たな可能性
もちろん、スクリーンでの視覚体験は、決して五感による体験の代わりにならない。むしろ、ますます増えるデジタル消費は、私たちの体の活力を奪うだろう。アーティストにおいても、彼らの制作はオンライン上の展示だけで終わるのではなく、報酬を得る必要がある。
世界的に物理空間で展示することができず、ギャラリーでの販売が頭打ちになっている現状に対し、サーペンタイン・ギャラリーのアーティスティック・ディレクターであるハンス・ウルリッヒ・オブリストは、「博物館やギャラリーにとっては、寛大さが実行可能な手段であり、このウイルスの流行をパブリックとの関わり方を再考する機会とする必要がある」(*2)と語っている。アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領が世界恐慌の際に立ち上げた連邦美術計画を参考に、政府に対して数百万ポンド(約数億円)ものパブリック・アートのプロジェクトの設立を呼びかけたのだ。それによって次世代のアーティストがこの難局を乗り切り、継続的に成長していくことを支援すると同時に、アートが隔離された壁を越え、すべての人々の生活に入り込むことを促している。
いっぽう上海の楊浦浜江では、新しいパブリック・アート作品が続々と出現している。北川フラムがキュレーションした「上海都市空間芸術祭」は2019年12月17日に閉幕したが、楊浦浜江南区の5.5 キロの岸線には20点以上のパブリック・アート作品が続々と完成。なかには、ジョゼ・デ・ギマランイスの《Gates》や大岩オスカールの《Time Shipper》、川添善行《1 Year / 10 Thousand Years》や、灰倉芸術空間におけるギマランイスの《The House of Poets》、韓家英の《Shape / Color Encounter》、高橋啓祐の《A World》などが含まれている。
3月に入ってから中国国内での流行は緩和されたが、美術館やギャラリーなどの室内空間は完全に再開されていない。にかかわらず、楊浦浜江という野外空間では、これらの作品に出合うことができる。様々な国籍のアーティストがつくりだした作品は、歴史や地域関係を超え、人々にアートの力を伝える。
最後に、こうした新型コロナが蔓延するなかでは「アートは役に立たない」という考えに対し、ジュディ・シカゴの言葉を借りたい。「私はアートが世界を変えるとは思っていない。少なくとも、アートは教育、啓発、行動力を与えて現在の状況を変えることができる」(*3)。
*1──https://news.artron.net/20200303/n1071075.html
*2──https://www.artnews.com/art-news/news/serpentine-galleries-artistic-director-calls-for-public-art-project-1202682546/
*3──https://mp.weixin.qq.com/s/KtoHUk8ak3yfKKJiVwcxsQ