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なぜ日本初のアルチンボルド展は実現したのか? 担当学芸員にその舞台裏を聞く

これまで日本では「だまし絵」の文脈で紹介されながら、一度も回顧展が開かれることがなかったイタリアの画家ジュゼッペ・アルチンボルド。日本初の本格的な回顧展はなぜこのタイミングで実現したのか? 担当学芸員の渡辺晋輔(国立西洋美術館主任研究員)と共催者であるNHKプロモーションの古川法子に話を聞いた。

アルチンボルド展会場風景

|世界的に稀なアルチンボルド展

——現在開催中の「アルチンボルド展」は、その開催が決まったときから大きな話題を集めています。本展は、アルチンボルドの代表作「四季」の《春》《夏》《秋》《冬》と「四大元素」の《大気》《火》《大地》《水》が初めて展示される、これまでにない展覧会ですが、そもそもこの展覧会の構想はいつから始まったのでしょうか?

渡辺 3〜4年前ですね。日本では2000年代以前、イタリア美術の展覧会はほぼやらなかった(できなかった)。そこにはイタリアの美術館が日本での展覧会開催にまったく乗り気ではなかったという事情があります。僕が国立西洋美術館に入ったのは2000年ですが、先輩から「(僕はイタリア美術専門ですけど)イタリア美術の展覧会はできないものだと思ってね。無理だから。素描とか版画の展覧会やればいいんじゃない?」というようなことを言われるくらいだった。

 ただ、その状況はここ15年で変わってきていて、かなりできるようになってきたんです。簡単に言えば、イタリア政府が財政危機に陥って「美術館は独自で資金を調達しろ」ということになった。それが引き金になって、イタリアの美術館はだんだん作品を貸し出すようになりました。国立西洋美術館では大きいものだと「ラファエロ展」(2013)や「カラヴァッジョ展」(2016)も開催しましたし、「グエルチーノ展」(2015)などのマイナーなのもやってきた。

 そんななか、日本で知られているけどまだ紹介されていなくて、しかも紹介が可能な画家は誰がいるのだろうということは常に考えているんですね。やはり展覧会は興業でもあるので、あまり派手な赤字を出せない。そこで「アルチンボルド」が出てきたんです。イタリアにはいま、展覧会企画業者(コーディネーターみたいなもの)がたくさんあって、そちら側からも提案があった。

ジュゼッペ・アルチンボルド 春 1563 マドリード、王立サン・フェルナンド美術アカデミー美術館蔵 © Museo de la Real Academia de Bellas Artes de San Fernando. Madrid

——2000年代以前はアルチンボルドも他のイタリア美術同様、難しかったということですか?

渡辺 作品を集めるのは難しかったでしょうね。こちらがやりたい展覧会というのは、(当たり前ですが)ヨーロッパでも需要があって難しい。僕ら日本人が知っているイタリアの画家といえば、ヨーロッパでは超大物になるわけです。アルチンボルドも日本だと知っている人はおそらく数パーセントでしょうが、ヨーロッパだとそれが数十パーセントになる。

——認知度に大きな差があるということですね。では海外で「アルチンボルド展」というのは、これまでにも幾度か開催されているのでしょうか?

渡辺 過去10年で大きな展覧会が2回開催されました。2007〜08年がパリとウィーン。そして11年にミラノとワシントンでやっていて、この2つの展覧会が非常に大きかったんです。その前になると1987年まで遡る。

ジュゼッペ・アルチンボルド 夏 1572 デンヴァー美術館蔵
©Denver Art Museum Collection: Funds from Helen Dill bequest, 1961.56 Photo courtesy of the Denver Art Museum

——ということはそもそも世界的に「アルチンボルド展」の開催数自体がかなり少ないんですね。

渡辺 87年の展覧会はとても大きな展覧会だったんですが、これは「アルチンボルド展」というよりは、現代美術とアルチンボルドを混ぜたような展覧会だったんですね。「アルチンボルド・エフェクト」(パラッツォ・グラッシ、ヴェネチア)という展覧会です。アルチンボルドがどのように後世に影響を及したかを見せる展覧会で、アルチンボルドそのものの展覧会ではない。なので、アルチンボルドをきちんと評価しようとした展覧会は2007年が初めてです。

——ヨーロッパですらごく最近のことなんですね。

渡辺 そうですね。それで、その2つの展覧会を担当したのが、当時はウィーン美術史美術館の絵画部長だったシルヴィア・フェリーノ=パグデンさん。その方が今回の「アルチンボルド展」の監修者も務めているます。フェリーノさんはすでに2回もアルチンボルド展をやっていて、美術史家としても大物で、コネクションもある。また、前回の展覧会から5年以上の期間が空いていて実現の可能性があるということで、本展の構想はスタートしました。

古川 こういう展覧会では、海外の監修者が誰になるかというのが、どんな作品が出展(獲得)できるかにおいてかなり重要な要素なんです。フェリーノさんの実績と、日本の開催館も国立であるということで、今回は良い作品が集まったと言えます。

6月に行われた内覧会で挨拶をするシルヴィア・フェリーノ=パグデン

——フェリーノさんに監修をお願いしたのは日本側ですか?

古川 NHKグループでは長らく「アルチンボルド展」をやりたいと考えていて、監修をお願いできるのは彼女しかいない、と数年前からアプローチをしていました。ファインアートの展覧会はなかなか若い方に来ていただけないということがあり、主催者としてはやはり広くいろいろな方に来ていだきたいですよね。アルチンボルドというのは、絵が好きではなくても取っつきやすいし、子供でも面白いと思える。ファミリーでも来られるような展覧会になる可能性がありました。展示室に入る前に「アルチンボルドメーカー」がありますよね。あれも広く美術ファン以外の方にも来ていただこうと。

会場入口前に設置されたアルチンボルドメーカー

|制約の中での展覧会実現

——今回、アルチンボルドの出展作を集めるという役目は、フェリーノさんが中心となったのでしょうか?

渡辺 だいたいの作品はフェリーノさんが選択しましたね。

古川 ただ作品の見せ方や構成に関しては日本側でないと意見を言えない部分があるので、そういうところは渡辺さんにやっていただいています。

渡辺 「こういう作品は含めるな」とかダメ出しはずいぶんしましたね。

——ちなみにどういう提案がダメだったのでしょう?

渡辺 向こう側は「日本美術を入れたい」と言い出して、それは絶対にダメだと言いました。たまにいるんです、「日本でやるからには日本美術と比較しましょう」というようなことを言う人が。

——文脈も関係なく、単純に西洋と日本を並べるということになりますね。

渡辺 向こう側も日本美術をちゃんとは理解できていないわけです。わかってないから西洋と日本で面白い対比ができるんじゃないかと思ってしまう。でも、日本人は(日本美術を)ある程度知っているんですよ。それをやると大変なことになるから絶対にダメだと。あとはとにかくいろんなものを入れてきたがるのを「もうここまで」って線引きする。

古川 あちら側は「最高の展覧会をつくりたい」というだけなので、お金のことはあまり考えない。だから、世界中のあらゆるところから(1点だけすごい離れた場所にあったとしても)借りようという発想なのです。

渡辺 あとは時間的な制約で諦めたものもたくさんあります。会期前の5月の初旬がデッドラインで、そこを過ぎたら自動的に(候補から)落とすという。ただ、そのあとでいろいろあって、突然作品数が減ったから、増やさなきゃいけないということで日本中で探し回って付け加えたり、ということもありましたね。

——どの展覧会でもそうですが、会期は動かせないですからね。

古川 「あと半年あったらもっと良いものを借りられたかも」と思いますが、しようがないですね。

「アルチンボルド展」会場風景

|学芸員の存在を感じてほしくない

——文脈というお話がありましたが、今回の展覧会において見せ方で工夫した点があれば教えていただけますか?

渡辺 一番基本的なところは「わかりやすくする」ということですね。これは常に心がけていることですが、作品を見る人に「学芸員のこだわり」を感じてほしくないんですね。もちろん作品を展示している以上、学芸員の意思はそこにあるのですが、それが前に出てきてはいけないと僕は思っています。作品が目立つように、作品が記憶に残るようにというのが基本です。

 他の展覧会にも同じことが言えますが、どこにクライマックスを持っていくか、全体の起承転結やリズム感が大事。見ていてストレスがないけれど、さっと見てもところどころに印象に残るものがある、という流れは意識しますね。

 今回の展覧会は、一人の画家を扱っているのにテーマ別で構成されているのが珍しいんです。時系列に展示するのが普通ですが、アルチンボルドは大きく様式が変わっていく画家ではない。テーマがきちんと伝わらないといけないので、工夫しないといけないですよね。

会場風景より。左からアルチンボルド《冬》(1563、ウィーン美術史美術館蔵)、《水》(1566、ウィーン美術史美術館蔵)
©KHM-Museumsverband

——いままで日本でアルチンボルドの作品を見る機会といえば、「だまし絵」という文脈の中だけでした。しかし今回はそうではなく、アルチンボルドの人生を通覧するものです。あらためてこの意図を教えてください。

渡辺 そもそもアルチンボルドが再評価されたのはシュルレアリストやダダイストたちが、自分たちの先駆けとして紹介したのがきっかけでした。それもあってアルチンボルド=現代美術という関係で考えられてきた。先ほどお話した「アルチンボルド・エフェクト」展もそういうものでした。だからこそいま、アルチンボルドが若い方々に人気だということにつながるのですが、彼が16世紀に生きていたという事実は変わらないわけです。

 彼をきちんと評価するには現代的な文脈ではなく、同時代の中で展示することが必要なんです。アルチンボルドは美術史においてどういう位置付けができるのかということですね。20世紀のアルチンボルド像は美術史から完全に切り離されて、現代美術とだけつながっていた。でも実際はそうではなく、当時の美術史の中で「宮廷画家」「静物画の先駆け」としての役割を担っている。

ジュゼッペ・アルチンボルド 自画像 プラハ国立美術館蔵 ©2017 National Gallery in Prague

 「アルチンボルドは面白い」とよく言われますが、その「面白さ」はアルチンボルドの一面でしかないんです。「野菜や花でできた人の顔」は面白いし、現代的かもしれませんが、実際のアルチンボルドはもっと多面的。その多面性を様々な角度から検証し、多様な面白さを伝えるというのが展覧会の役目ですし、そこに着目してほしいですね。

——最後に今回の出展作の中で、渡辺さんの一番のお気に入りを教えてください。

渡辺 《冬》と《水》ですね。一番よく描けているし、保存状態も良い。抜群に良い作品だと思います。あの時代の作品は何度も修復されているものなのですが、来歴のきちんとした作品はそうではない。この2つの作品は、アルチンボルドがウィーンに来て一番最初に描いた寄せ絵の作品で、ずっとウィーンの宮殿にあった由緒正しいものです。皇帝マクシミリアン2世のために描いた最初の作品でもありますから、相当気合も入っている。非常にアルチンボルドらしい別格の作品だと思います。

ジュゼッペ・アルチンボルド 冬 1563 ウィーン美術史美術館蔵 ©KHM-Museumsverband
ジュゼッペ・アルチンボルド 水 1566 ウィーン美術史美術館蔵 ©KHM-Museumsverband

編集部

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