EXHIBITIONS

ハンネ・ダルボーフェン「Fuchs du hast die Gans gestohlen / Fox, You Stole the Goose」

2022.04.12 - 05.14

ハンネ・ダルボーフェン Fuchs du hast die Gans gestohlen 1990

  TARO NASUは、ハンネ・ダルボーフェンの個展「Fuchs du hast die Gans gestohlen / Fox, You Stole the Goose」を開催する。

 ダルボーフェンは1941年ドイツ生まれ。「時間を描く」ことを試み、特定の暦日の数値を別の数値に変換するための特定の数字和計算の方法を考案し、その結果をさらに別の数字や形象に置き換えることで作品化した。2009年に没するまで一貫して時間概念の表現を模索し続けたその活動は、近年、再評価の対象として注目されている。

 ダルボーフェンは1966から68年まで、アメリカ・ニューヨークで過ごした。そのキャリアの比較的初期に相当する2年間は、ソル・ルウィットやカール・アンドレ、ローレンス・ウィナーらのコンセプチュアルな作品やミニマルアートの理論と実践に間近にふれた時期でもあり、作家のその後の制作に多大な影響を与えたとされている。

 ダルボーフェンは「時間を描く」というアイデアを実践すべく、独自の計算式に基づいた手書きの表記システムを考案したが、それはデジタルデータセットを想起させるもので、普遍的共通言語への探求という点で昨今のデジタルアートにも通じる要素を含んでいるといえる。それはまた時間という要素を通して世界を測定するための客観的手段としてのカレンダーという概念とも密接な関係を有するものであった。また同時代を生き、60年代後半からニューヨークで制作した日本人作家・河原温との関係も今後の研究動向が待たれる。

 展覧会タイトルでもある《Fuchs du hast die Gans gestohlen》と題された作品は、ダルボーフェンに特徴的な制作手法である反復と変換というアイデアで構成されている。作品の主題となっているのはドイツの有名な民謡「Fuchs, Du Hast Die Gans Gestohlen」だ。ドイツの原曲歌詞が、ガチョウを盗もうとする狐に対する飼い主の脅迫的警告を内容とするのに対し、日本では「子狐」(作詞:勝承夫)と題され、穏当かつ牧歌的な情景で歌われる。

 またダルボーフェンの作品は、生物学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュルが提唱した、すべての生物にとって世界は客観的ではなく、個々の生物それぞれの主体に基づいて構築する独自の世界であるという「環世界」を先取りするような様相を呈している。

 本作《Fuchs du hast die Gans gestohlen》では、人間世界の幻想としての「客観の存在」に対し、時間という切り口によって懐疑を呈示し、人間の認識する現象が、視座となる人間の感情や記憶、思考の融合としての主観に他ならないという真実を、一見「客観的に」見える数式として可視化することが試みられている。

《Fuchs du hast die Gans gestohlen》正式クレジット
ハンネ・ダルボーフェン Fuchs du hast die Gans gestohlen 1990
© Hanne Darboven Stiftung, Hamburg VG Bild-Kunst, Bonn / DACS, London 2021 Courtesy Sprüth Magers
Grounding Vision: Wacław Szpakowski Miguel Abreu Gallery, New York, 2017
Installation view
Photography:Thomas Müller