EXHIBITIONS
幻の大津絵と東海道五拾参次 展
笠間日動美術館が企画展「幻の大津絵と東海道五拾参次」を開催する。
1835年頃、版元の保永堂(ほえいどう)から「東海道五拾参次」を発表し人気を博した歌川広重。その後、成功を収めた広重は、生涯20種類以上の東海道を描いたが、その多くは途中で止められたため、55枚すべてを描いた版は限られている。
東海道53番目の宿場町である大津では、江戸時代初期から信仰の一環として仏画を主題にした大津絵が描かれ、やがて風俗画に教訓や風刺を含む道歌が書かれるようになり、画題は100種類あまりまで増えたと言われている。旅人たちは、これを名物土産として購入し全国的に広まった。しかし、安価な実用品として扱われたためか、現存する大津絵は多くない。
本展では、「東海道五拾参次」保永堂版と、現存数が少ないため幻と称される丸清版それぞれ55点を展示。そして近年新たに発見された、画家・小絲源太郎旧蔵による大津絵を展覧する。
さらに、岡本一平や茨城県出身の山田みのるなど、大正期に活躍したマンガ家によって描かれた「東海道五十三次漫画絵巻」をあわせて紹介する。
1835年頃、版元の保永堂(ほえいどう)から「東海道五拾参次」を発表し人気を博した歌川広重。その後、成功を収めた広重は、生涯20種類以上の東海道を描いたが、その多くは途中で止められたため、55枚すべてを描いた版は限られている。
東海道53番目の宿場町である大津では、江戸時代初期から信仰の一環として仏画を主題にした大津絵が描かれ、やがて風俗画に教訓や風刺を含む道歌が書かれるようになり、画題は100種類あまりまで増えたと言われている。旅人たちは、これを名物土産として購入し全国的に広まった。しかし、安価な実用品として扱われたためか、現存する大津絵は多くない。
本展では、「東海道五拾参次」保永堂版と、現存数が少ないため幻と称される丸清版それぞれ55点を展示。そして近年新たに発見された、画家・小絲源太郎旧蔵による大津絵を展覧する。
さらに、岡本一平や茨城県出身の山田みのるなど、大正期に活躍したマンガ家によって描かれた「東海道五十三次漫画絵巻」をあわせて紹介する。