EXHIBITIONS

松竹第一主義 松竹映画の100年

『カルメン故郷に帰る』(1951、木下惠介監督)ポスター 本地陽彦氏所蔵

蒲田撮影所外観

『映画物語 愛染かつら』SPレコード 本地陽彦氏所蔵

『マダムと女房の歌』楽譜 本地陽彦氏所蔵

『釣りバカ日誌』シリーズ(1988~2009) 小道具 松竹株式会社所蔵

 戦争や映画観客の減少の時代を乗り越え、日本映画界を代表するメジャーカンパニーのひとつとしていまも業界を牽引する松竹映画。その歩みは遡ること1920年、松竹の創業者で、歌舞伎などの興行で地位を築いた白井松次郎と大谷竹次郎兄弟が、大衆娯楽として市場を広げていた映画の将来性を確信して松竹キネマ合名社を創立したことから始まった。

 同年、東京・蒲田に松竹キネマ合名社の撮影所が開設。24年に所長に就任した城戸四郎は、ディレクター・システムを推し進めて現代劇に力を入れ、なかでも庶民の哀歓を描いた「小市民映画」で独自色を打ち出した。さらにトーキー映画の製作に乗り出して社の発展に貢献。この映画の青春期に城戸が高らかに掲げたモットーが「松竹第一主義」であった。

 36年に開所した大船撮影所は、「大船調」と呼ばれるハイセンスな喜劇やメロドラマを送り出して人気を博すいっぽう、京都の撮影所では、主に時代劇が製作され、東西のスタジオが松竹映画の名声を高めた。戦後は小津安二郎や木下惠介ら名監督の作品が日本映画の黄金時代を飾り、60年代末の映画斜陽期に生まれた『男はつらいよ』や、近年の『釣りバカ日誌』が国民的な名シリーズに成長し、松竹喜劇の伝統をいまに受け継いでいる。

 2006年に開催した「松竹と映画」以来14年ぶりに、松竹映画が歩んだ道のりを改めてたどる本展。ポスターや写真、雑誌などの資料を展示し、先進性と伝統を兼ね備えつつ、つねに日本人の感覚に寄り添う作品を生み出してきた「和魂洋才」の映画会社の魅力に迫る(企画協力:松竹株式会社)。