EXHIBITIONS
生誕150年 横山大観展
明治、大正、昭和にわたり第一線で日本画を先導した横山大観の代表作が集まる展覧会が開催される。
明治期、第1期入学生として東京美術学校に学んだ大観は、理想や概念を絵にする「理想画」、輪郭線を描かずに絵画を組み立てる「朦朧体」などに取り組んだ。日本画の基本であった墨線を否定した作風は当時の批評界では否定的にとらえられたが、大正期にはその評価が一転、東洋の伝統に新たな感覚を吹き込む実力者としての高評価が定着した。大正2(1913)年、学生時代からの師・岡倉覚三(天心)亡き後は、有名無実化していた美術団体「日本美術院」を再興し、若手を率いる立場に身を置いた。そして昭和期、「東の大観、西の栖鳳」として、京都の竹内栖鳳と並んで画壇を代表する画家になった大観。代表作として知られる多くの作品は、この時期に生み出されている。
本展では、40m超の、日本一長い画巻《生々流転》(重要文化財)が一挙公開されるほか、絢爛豪華な《夜桜》《紅葉》の同時展示が実現。こうした代表作に加え2017年、約100年ぶりに発見された《白衣観音》などの新出作品や習作などの資料91点が一堂に会する。
明治期、第1期入学生として東京美術学校に学んだ大観は、理想や概念を絵にする「理想画」、輪郭線を描かずに絵画を組み立てる「朦朧体」などに取り組んだ。日本画の基本であった墨線を否定した作風は当時の批評界では否定的にとらえられたが、大正期にはその評価が一転、東洋の伝統に新たな感覚を吹き込む実力者としての高評価が定着した。大正2(1913)年、学生時代からの師・岡倉覚三(天心)亡き後は、有名無実化していた美術団体「日本美術院」を再興し、若手を率いる立場に身を置いた。そして昭和期、「東の大観、西の栖鳳」として、京都の竹内栖鳳と並んで画壇を代表する画家になった大観。代表作として知られる多くの作品は、この時期に生み出されている。
本展では、40m超の、日本一長い画巻《生々流転》(重要文化財)が一挙公開されるほか、絢爛豪華な《夜桜》《紅葉》の同時展示が実現。こうした代表作に加え2017年、約100年ぶりに発見された《白衣観音》などの新出作品や習作などの資料91点が一堂に会する。







