東京・銀座4丁目のランドマークであり、東京を象徴する存在でもある和光本店。渡辺仁建築工務所によるネオ・ルネッサンス様式の建築で広く親しまれているこの建物の地階が、杉本博司・榊田倫之の新素材研究所によってリニューアル。ハードとソフト、両面から新たな時代へと歩み出した和光に注目だ。
和光に誕生した「時の舞台」
東京・銀座4丁目のランドマークであり、東京を象徴する存在のひとつでもあるセイコーハウス/和光本店。渡辺仁(1887〜1973)による壮麗なネオ・ルネッサンス様式の建築で広く親しまれているこの建物が、新たな歴史を刻み出した。それが、地階 アーツアンドカルチャーの誕生だ。
もともと和光本店の地階売場は、創業者・服部金太郎(1860〜1934)の「つねに時代の一歩先を行く」という想いを受け、「新商品売場」として新しいライフスタイルや価値観を提案してきた歴史がある。和光はこの売り場を半年近く閉め、大幅なリニューアルを実施。新たに「時の舞台」をコンセプトに掲げた空間が誕生した。
設計を担当したのは杉本博司と榊田倫之の新素材研究所。「舞台と回廊」をデザインコンセプトに、和光初となる和の空間が生み出された。
フロア中央部では樹齢千年を越える2枚の巨大な霧島杉が和光のルーツである時計の長針と短針のように交差し、自在に形を変える。様々な用途に使用可能な「舞台」としての活用が可能だ。この周囲を「回廊」がぐるりと囲み、回遊するように様々なクリエイターが手がけたプロダクトと出会うことができる。
店内には杉本が近年手がける「Brush Impression」シリーズ(暗室の中で現像液や定着液に浸した筆を使い、印画紙に書を揮ったもの)による「和」と「光」が展示。「和」がかかる床の間には東大寺の鎌倉時代の古材が用いられ、畳の上には末法思想が流行した平安時代の経筒が置かれている。これらは長い時間を閉じ込めたタイムカプセルであり、コンセプト「時の舞台」ともリンクする。
また珊瑚礁から生まれた琉球トラバーチンや、桜御影と呼ばれる万成石、化石をイメージしたオリジナル紋様の唐紙、そして京都の町家石など、「和」と「時」を感じさせる新素材研究所ならではの要素がフロア全体に散りばめられており、時を超えた美が静かに来店者を迎えてくれる。
和光は「日本の象徴的な存在」
新素材研究所の杉本博司と榊田倫之は、どのような思いでこのプロジェクトに挑んだのだろうか?
銀座とゆかりの深い杉本は、和光本店を「象徴的な建築だ」と語る。「銀座は終戦直前、東京大空襲で焼け野原になりましたが、和光だけがぽつんと残った。空襲の直撃を受けなかったのと、渡辺仁の鉄筋コンクリート造りの建築が強かったからです。和光は日本の象徴的な建築です」。
渡辺仁は、原美術館や東京国立博物館本館など、様々な様式の建築を手がけたことで知られる。こうしたある種の器用さを、杉本は「西洋の咀嚼が上手い、変幻自在の人」と評する。また榊田も「(渡辺は)強烈な作家性がある人ではなかったと思いますが、一つひとつの作品の完成度が非常に高いし、時間に耐えうる建築をつくってこられた方」としつつ、今回のプロジェクトをこう振り返る。
「最初に設計のお話をいただいたとき、まずこの建築の中でやるということに緊張感を覚えましたね。この建築は1932年竣工で、まさに日本の国力だけで近代化しようとした時代のエネルギーが結集しているような建物。古い建物を未来に残していくという仕事に指名いただくことが増えてきて、自分たちの役割が発揮できるというのは素晴らしいことだと思い、取り組ませていただきました」。
「舞台と回廊」というデザインコンセプトも、もともとの建築から生み出されたものだという。
「ここは空間の真ん中に太い構造の柱が4本あり、そこは変えようがない。ですから、その周囲に回廊を巡らせ、中心を舞台としたのです。回廊といえば法隆寺。法隆寺の回廊には特徴的な格子が連なっており、そのコンセプトを引用しました。どうせ出るなら大きく出ようと(笑)」と、杉本は笑う。「百貨店の売り場は広いが中心がない。いっぽうここは柱が非常に象徴的にあるので、そこを巡る回廊が空間的な緊張感を与えているのです」。
また回廊は空間的なメリットも生み出した。「回廊をつくるということは、距離がとても長くとれるということ。つまり、限られた面積の中に様々な場面がつくれるということでもあります。中央の舞台に立つとそれらが一望でき、全体の構成がわかるようになっています」(榊田)。歩みを進めるごとに異なる景色が現れ、自然と滞在時間が長くなるような空間は、回廊によって実現したと言える。
この回廊の中心部にある舞台の回転什器の中心部には、リニューアルオープンが迫った頃に、たまたま杉本が手に入れた水車の古材が使用されている。「時計の歯車として使えるじゃないかと置いたら、ぴったりだった」と杉本は語るが、杉本が「もの」を呼び寄せたとしか思えないエピソードだ。
榊田は「僕は設計的に頭で考えるタイプなので、回転什器をどうやって建築的・構造的に成立させるかとか、空間構成をどうまとめ上げていくかに執着しているわけですが、最後にできあがってくると、杉本さんが感覚的にプラスアルファしてくれる。ぐっと違う見え方にしてくれるんです」と語る。こうして、和光では初めてとなる和の空間が生まれたのだ。
歴史を受け継ぎ、更新する
3年前から動き出した今回のリニューアルプロジェクト。主導した企画本部長・山本玲子は、「従来のリニューアルでは、すでに置くものが決まっていて、いかにそれを綺麗に置くかを考えることが当たり前でしたが、今回はコンセプトからリニューアルを行うことになりました」と振り返る。
リニューアルコンセプトとなった「時の舞台」は、服部金太郎が創業した服部時計店、そして和光本店の象徴である時計塔という要素とリンクするものであり、和光のDNAを引き継ぎながらもアップデートしようとする姿勢の現れだ。これは、旧素材を扱いながら最新の建築をつくる新素材研究所のコンセプトとも合致する。
「私たちは、本質的な豊かさを持つ、日本を代表するブランドになりたいという思いがあり、その思いをもっとも強く発信できる場所としてこの地階を考えました。季節の移ろいや自然との付き合い方から生まれる日本の美意識や習慣、商品に関わるストーリーを『時』ととらえ、それらを表現する場所として『時の舞台』があるのです。新たな地階には新素材研究所の世界観がはっきりと表現されており、時間の積層や伝統的な手法などが詰まった場所となりました」(山本)。
キーワードは「アーツアンドカルチャー」
「時の舞台」では様々なものがアップデートされた。その要素として大きいものがアートだ。もともと和光は服部時計店時代から「和光会」というグループ展を行っており、そこから「和光」の名前が付けられたともされる。リニューアルにあたり、地階売り場自体を「アーツアンドカルチャー」と名づけ、ファッション、ジュエリーのみならず、現代美術や工芸など、いまを生きる作家たちの作品を紹介。中央の舞台ではパフォーマンスや音楽などにも挑戦する可能性があるという。
また店内の音楽にも注目してほしい。ここでは石橋英子が和光のために手がけたBGMが流れており、空間を引き立たせている。特殊な音楽ソフトを用いて制作されたのは“つねに変化し続ける音楽”で、楽器の音とフィールドレコーディングされた自然の音が重なりあう。これも「時」を現す重要な要素だ。
ヴィジュアル・アイデンティティもREFLECTA, Inc.(リフレクタ)の岡﨑真理子と協働することで一新。隷書体に倣った和文ロゴタイプ「和光」は、伝統的な書の様式に縛られることなく、時代の先端を行く気概や不変性のある価値観、国際性など、和光の歴史と伝統をいまの時代にあわせて力強く伝える。
扱われるプロダクトも、アーツアンドカルチャーに通じるものばかり。「和光とクリエイターとの唯一無二のコラボレーション」「和光がクリエイターとクリエイター、クリエイターと生産地をつなぐ企画」「世界で活躍するクリエイターの作品」の3点を基軸に選び抜かれた逸品が並ぶ。
例えばCharlotte CHESNAIS(シャルロット シェネ)は、バレンシアガでプレタポルテとジュエリーのデザインを経験したシャルロット シェネが2015年に立ち上げたパリ発のジュエリーブランド。和光では希少価値が高い「びわ湖真珠」をあしらった限定ネックレスが用意されている。湖面のように有機的な曲線を描くゴールドと、大粒の淡水パールの組み合わせは見るものを魅了する。
また3Dコンピューター・ニッティングの技術を中核に据え、時代に左右されない衣服で近年高い評価を得ているCFCLは、地階のスタッフの制服としても起用された。思わず欲しくなってしまう和光限定のカラーリングだ。
京都・西陣にある唐紙の工房兼ショップ「かみ添」は今回、セイコーハウス/和光本店の建物の意匠を図案化し、新たな文様を制作。それをあしらった特注の便箋やレターセットはお土産にもおすすめだ。
このほか、cornelian taurus by daisuke iwanaga 、Goldwin 0、KIJIMA TAKAYUKI、Pearl+、SETCHU、T.Tなど、これまでの和光には見られなかったラインナップとなっており、新たな客層の取り込みも期待される。
ここで紹介できるのはごく一部。地階アーツアンドカルチャーには、様々なストーリーを持ったもの・ことが揃う。
山本はこう語る。「コロナ禍が明け、実店舗でお買い物する楽しさを私たちも実感しました。接客もアップデートし、商品のスペックだけでなく、その歴史や背景をお伝えする=時を話すように変えていきます。中央の回転什器に人々が集まり、会話を交わすことができる空間になればいいなと思っています」。
創業から140年以上の時を重ね、その原点に立ち返った和光 本店地階 アーツアンドカルチャー。これから先の100年へとその歴史をつないでいくための新たな一歩が、ここから始まった。