『ルチオ・フォンタナとイタリア20世紀美術─伝統性と革新性をめぐって』 谷藤史彦=著 フォンタナから読み解くイタリア美術の課題と展望
ルチオ・フォンタナ(1899〜1968年)は日本でもっともよく知られたイタリア現代作家の一人だろう。その紹介は岡本太郎や瀧口修造によって1950年代から始められていたし、支持体に切れ目を入れた「切り裂き」シリーズはあまりにも有名で、美術館や概説書で目にする機会も多い。だが、フォンタナが1950年代以降の代表シリーズ「空間概念」に到るまでの道程については、意外と知られていないのではないか。
日本初の本格的なモノグラフである本書は、フォンタナ作品を初期から晩年まで仔細にたどり、知られざる側面を明らかにした大著である。はじめフォンタナは象徴主義の彫刻家であるアドルフォ・ヴィルトのもとで古典的な人物像から出発したが、ほどなく表現主義風の彩色彫刻や抽象彫刻へ移行する。1930年代には建築家との共同プロジェクトに関わる一方、テラコッタやセラミックによるアンフォルムな彫刻に挑戦した。第2次世界大戦後はブラックライトやネオン管を用いたインスタレーションで環境芸術の先駆けとなる仕事を残している。一見、無軌道にも見えてしまうこの歩みは、著者が導入する「伝統性」と「革新性」という2つの視座によって必然性を伴ったものとして理解される。というのも、著者によればイタリア20世紀美術はこの2つの傾向が併存、混在するなかで展開してきたのであり、フォンタナこそがこの両義的性格を体現した作家だからだ。
そこで本書は、フォンタナ個人のモノグラフに終始せず、背景にあるイタリア20世紀美術の展開も併せて詳述する構成をとる。フォンタナのセラミック作品が未来派の造形思考を受け継いだものであること、ファウスト・メロッティらの幾何学抽象とフォンタナの抽象彫刻の違い、絵画のイリュージョンを否定して無限の次元を呼び込んだ「空間概念」シリーズがアルテ・ポーヴェラの作家たちに与えた影響等々。フォンタナを介して同時代のイタリア美術の課題が浮かび上がり、イタリア美術史の流れに置くことでフォンタナの先駆性も強調される。観念的に響きがちなフォンタナの芸術観を実作に即した地平で読み解いた点もさることながら、日本ではまだ少ないイタリア20世紀美術の通史としても本書は重宝すべき一冊だ。
通読して思ったのは、伝統的な彫刻と絵画の概念を乗り越えようとしながらどこかで伝統性の面影を残し続けたフォンタナ作品は、「空間主義宣言」などの理論云々以前に、造形としても魅力的だということ。カンヴァスの裏側まで観察してフォンタナ作品の造形性に迫った本書は、今後、多くの研究に刺激を与えてくれるはずだ。
(『美術手帖』2017年1月号「BOOK」より)