断絶された記憶の闇に光を当て傷ついた社会を「修復」する台湾美術
中華民国初代総統の蔣介石を記念して建てられた中正紀念堂で、すごい展示を見た。第2次世界大戦後、国民党統治のもとで台湾人が「言論の自由」を勝ち取る道のり(1945〜92)を年代とテーマに沿って紹介するもので、タイトルは「自由の霊魂VS.独裁者─台湾の言論自由までの道のり」展という。独裁政権下の言論弾圧と40年以上にわたって闘ってきた様々な人々が示され、アート作品を用いたインスタレーションもある。なかでも雑誌『自由時代』を創刊し、「100パーセントの言論の自由」を求めた鄭南榕(ツェン・ナンロン)が、抵抗のために焼身自殺した現場を復元した展示には胸が詰まった。戒厳令解除以降、学生運動をはじめとする台湾民主化運動の重要な舞台となってきた中正紀念堂は、巨大な蔣介石像が安置される権威主義の象徴でもある。その像の真下でこうした展示を行うことは、台湾社会が負った傷を「修復」していこうとする過程であり、「移行期正義」の一側面でもある。
移行期正義が持つ2つの側面
移行期正義(Transitional Justice、台湾では「轉型正義」)という言葉は、台湾では国民党政府の独裁体制下で行われた不正義を追及するために使われることが多い。しかし、もともとは国家や組織による人権侵害の過去と向き合い、加害者と被害者の双方がともに暮らす社会の和解を目指す試みのことだ。
日本大学文理学部教授の三澤真美惠は、台湾の政治研究者・吳叡人(ウー・ウェイレン )が挙げた移行期正義の要素を提示したうえで、そこには歴史的真相を究明し加害者に責任をとらせる「応報的正義」と、被害者の苦しみを回復させ、和解をもたらし、悲劇を繰り返さないよう人権と民主主義の価値を教育する「修復的正義」という2種類の概念があると指摘する1*。そうした意味で、いまの台湾における現代美術には後者(修復的正義)の性格を持つものが少なくない。
中正紀念堂での展示には、台湾の道端や廟の前で売られる「玉蘭(ハクモクレン)」の故郷を追いかける写真集や、旅芸人とステージトレーラーのシリーズなど、台湾独特でありつつ一般社会からは見えづらい生活文化を照らし出す写真で知られるアーティスト・沈昭良(シェン・ジャオリャン)の「不義遺址」シリーズもあった。不義遺址とは、不当な手段や制度のもと、国家が人権を侵害する「不正義」が発生させた歴史的な現場のことである。その現場には、意思決定がなされ命令が下された場所も含まれており、軍や警察の特殊機関所在地や政治犯が逮捕された場所、取り調べ、求刑、裁判、銃殺、埋葬された場所をいう。1970~80年代に政治犯の取り調べや拷問が行われた「安康接待室」や、二・二八事件や白色テロ被害者のなかで引き取り手のない遺体が埋葬された「六張犁墓區」などの写真作品が含まれるが、これも歴史の闇に光を当て、鑑賞者に悲劇的な歴史と人権の価値を伝える「修復的正義」の側面を持つだろう。