コンピュータ・アートの歴史的研究から、NFTアート作品の制作まで、幅広い活動を展開するアーティスト兼リサーチャーの山之辺ハサクィが、NFTシーンの現状と今後の可能性について語る。Adam byGMOがお送りする、スペシャル・インタビュー。(PR)
1960年代から続くコンピュータ・アートの系譜が、いまのシーンをつくり上げた
──美学研究を経て現在はアーティスト・リサーチャーとして広く活動する山之辺ハサクィさんは、2016年より制作活動を開始し、19年からはAI画像生成を用いてデジタル作品を制作、21年にはNFTアート作品の発表も始めました。これらの分野に関心を寄せるようになった、きっかけや理由は。
NFTのシーンが、主に投機的な側面から大きな盛り上がりを見せたのは2021年ですが、それ以前から様々な創作・発表は行われていました。他に先駆けNFTのAI作品を販売し始めたマーケットプレイス「SuperRare」で発表された、ロビー・バラットの「AI Generated Nude Portrait(AIが生成したヌードポートレート)」シリーズなどには私も注目していました。
私はもともと美学を勉強していたので、この新興のシーンや新しいメディウムたるNFTやブロックチェーンについて、ちゃんと言説化したいと思いました。G・E・レッシングの『ラオコオン』(1766)とその系譜について長いこと関心を持ち続けているのですが、同書で詩画比較として展開されるジャンル論は、歴史上に新しいメディウムが出てくるたび召喚されることが多い言説でした。例えばトーキー映画が出てきたとき、レッシングの言説がよく引用されたように、まさに新しいメディウムが登場したいま、私もこの『ラオコオン』を応用してみたい誘惑に駆られ、実際にNFTのメディウムについて分析するような論考も書いています。
──研究者であるだけでなく、山之辺さんは制作者でもあります。NFTがアートにもたらす影響は大きいと思われますか。
作品を発表するとき、従来ならまずギャラリーで展示して、それがメディアに露出して……というステップを踏んでいました。そこにNFTを用いたデジタル・アート市場が誕生して、いつでも誰でもどんな作品も世に問えるようになりました。新しい経済圏が生まれたことは、アーティストにとって大きなメリットでしょう。
デジタル・アート市場では、作品購入者との関係性も密でスピーディです。SNSなどを通して気軽にアーティストと交流するカルチャーがあります。作品が売れるとすぐ、アーティストのもとへ購入者からダイレクトメールが届いてコミュニケーションが始まるというのは、私も体験していることです。
ただしNFT市場は、2020年代初頭の盛り上がりをピークに、その後落ち込んでいるのも事実。投機的な面が強かったゆえ、経済的に痛い目に遭った人も少なくありませんし、海外には、NFTという言葉自体を大っぴらに使えない状況があったりもします。
NFT市場のバブルが弾けた現在は、落ち着いてゆっくり地盤を固める時期と言えます。いまNFTに継続的に関わっている人は投機目的の色合いが薄く、以前の状況と比較すると信頼が置けるかと思います。数年前から企画が動きようやく実装段階に入ったNFT関連のプロジェクトはたくさんありますし、オークションハウスのクリスティーズなどでは作品証明にNFTを採用する動きも出てきており、新しい仕組み・技術としてNFTが社会に浸透しつつあるのもまた確かです。
──黎明期のコンピュータ・アートについてもリサーチを進めていますね。
ここ数年、1960~70年代に活躍したコンピュータ・アーティストを再評価する動きが世界的に見られます。現在アメリカのバッファローAKG美術館で「Electric Op」展が、そしてイギリスのテート・モダンでは「Electric Dreams」展が開かれているほか、『ARTFORUM』誌の2024年5月号では、コンピュータ・アーティストのヴェラ・モルナールの作品が表紙に採用されたりしています。
日本でも1960年代から、美学者の川野洋やCTG(Computer Technique Group)というグループが積極的にコンピュータ・アートに関する実験をしており、『美術手帖』の69年5月増刊号でも「人間とテクノロジー」特集が組まれています。コンピュータ専門誌『コンピュートピア』では、60年代後半〜70年代前半にかけて積極的にコンピュータ・アートについての記事が掲載されていました。そうした動きに関心を寄せ、探究しています。
──当時の日本のコンピュータ・アートシーンでは、何が起きていたのでしょうか。
川野洋がコンピュータ・アートの実験を始めた1963年当初は手計算だったようですが、翌64年にはすでに東大のコンピュータを用いて制作しています。海外の事例と比べても、かなり早いタイミングでの始動です。
また、CTGは67年に結成。68年には、コンピュータ・アートの先駆けとされる「サイバネティック・セレンディピティ」展(ICA、ロンドン)に招待されています。リアルタイムで海外にも知られていたわけです。
つまり、彼らはジャンルの先頭を走っていたと言えます。なぜそうなれたのか。ひとつには、日本のアートシーンで「前衛」が盛り上がっていた時期であり、進取の精神にあふれていたから。それに、日本のコンピュータ開発の伸長期だったのも幸いでした。川野洋は沖電気工業のOKITACや、日立のHITACといった国産コンピュータを用いて制作していました。世界最先端のコンピュータ技術が国内で勃興しつつあるタイミングだったのが、彼らの活動を後押ししました。
──初期のコンピュータ・アートの作品群は、注目すべきものだと思いますか?
「当時の作品のほうが、最先端のテクノロジーを使った最近のものより面白い」という声は根強くあります。というのも、かつては作品ひとつつくるのに膨大な手間暇がかかりました。理論をがっちり固めたうえで、コンピュータを使い、出力してみるプロセスを踏むので、土台がしっかりしています。対して、いまはいくらでも試行錯誤できるし、ほぼ無限にアウトプットできるので、よほど気をつけないと安易なものに流れがちになってしまいます。
思想的にも川野らは、いまに直接つながる発想をしていました。万人のためのコンピュータ・アートを目指すといった発言を早い時期からしていますし、いかに人を介さずイメージをコンピュータ自身につくらせるか、つまり今日の生成AIにもつながるような方向性を追求していました。
コンピュータ・アートの先駆者たちは、技術の本質を突くような、かなりエッジの利いた視点をすでに有していたのです。一般的なコンピュータを含めたテクノロジー全体の発展においても、コンピュータ・アートやアーティストが果たした役割は大きいと思います。
NFTを購入することで、新しいカルチャーにコミットする
──コンピュータ・アートについてのそうしたリサーチを踏まえ、現代における実践として企画されたのが、山之辺さんも参画している展覧会「Proof of X」ですね。
2022年に「Proof of X - NFT as New Media Art」(3331 Arts Chiyoda、東京)として、23年には「Proof of X - Blockchain As A New Medium For Art」(THE FACE DAIKANYAMA、東京)として開催された展覧会です。NFTをアートにおける固有の新しいメディウムととらえ、その特性を見つめる作品を提示しようとしました。
2022年の回はNFTが盛り上がっている時期に開催されました。当時のNFTシーンは投機的な売買が中心となっていたため、NFTとは何か、なぜそこに価値が生じるのか、といったことを問いかけるような作品が集まりました。NFTを技術的に分析した作品や、その「所有」の概念を揺るがす斬新な作品も展示されていたので、この展覧会については、あらためて振り返る機会があればよいなと感じています。
2023年は、庄野祐輔さんがキュレーターとして参画したこともあり、幅広い作品・作家が集まりました。メディア・アーティストとして長い活動歴のある人から、これがまったく初めての展示機会となる人まで、それに海外アーティストも多く参加したことで、NFTやブロックチェーン技術を用いたアートの現在地を示せたと思います。
──「Proof of X」という場をつくることによって、NFT作品の進化を加速させられたという手応えはありましたか。
NFTに対する、いわゆるメディア・アート的なアプローチを示す機会にはなったかと思いますし、展示を通じて、そのような領域に関心のある人たちとのつながりも形成されたのではないかと思います。
NFTが盛り上がりを見せた時期にもっとも大量に出回ったのは、「PFP(Profile Picture)」タイプの作品でした。SNSのプロフィール画像などに使うNFTですね。これはJPEGやPNGの画像データを、ブロックチェーン上に紐付けて記録させる構造になっていて、ブロックチェーン上にあるのは画像保管アドレスのテキスト情報だけ。そのテキスト情報を打ち込むとリンクで画像を見ることができる仕組みなので、保存しているサーバーがなくなれば画像も表示されなくなる脆弱性を持っています。
それらは流行の波が引くとともに減少していったのですが、「Proof of X」では「PFP」について批判的に検討するような作品も展示されました。いっぽうで「Proof of X」でより展示の中心となったのは、ブロックチェーンというメディウムの特性を生かす「オンチェーン」の作品です。ブロックチェーン上に作品自体も格納されているタイプの作品ですね。
オンチェーンにはいま大きく分けて2つあり、ひとつがコンピュータのアルゴリズムを用いて生成される「ジェネラティブ・アート」。もうひとつが「スマートコントラクト・アート」です。スマートコントラクトとは、事前に定められたルールに従い自動で契約・処理が履行・実行される仕組みのこと。イメージをスマートコントラクトのコードで生成したり、時機がくると自動で中身が切り替わるような作品をつくることもできます。このあたりの仕組みを使ってつくられるタイプの作品は、現在様々な実験が試みられているところで、今後の可能性を感じます。
──山之辺さん自身は、どのような方法を用いて作品をつくることが多いのでしょうか。
「p5.js」というツールを使ってコードによるジェネラティブ・アートを制作していますが、コンピュータで生成されたイメージを真似して、ドローイングを描いたりもしています。そうすることによって、もともとの自分の描き方からは生まれてこない造形を見つけることができるのではないかと考えています。
いかにコンピュータと関わり、協働するかを探っているとも言えますね。コンピュータとの距離感はアーティストによって異なると思うので、その違いに着目するのもまた面白いかもしれません。
──研究と制作、双方の実践を通して、NFTの今後の可能性をどう感じていますか。
いったん淘汰が進んだとはいえ、つくる人・見る人・買う人のいずれもがいまだたくさんいるジャンルなので、これからますます面白いものが出てくるはずと思っています。
投機が盛んだった頃は、購入後にすぐ転売する人も多かったですが、いまは本当にその作品を所有したいから買うという人が以前より多いのではないかと思います。購入することでアーティストに貢献したり、新しいカルチャーにコミットするのを楽しむ人は増えていますね。
現状、多様なマーケットプレイスが存在していますし、NFT販売に利用されるブロックチェーンも増えてきています。価格帯の幅も広がり、ちょっとしたデジタルグッズと同じくらい安価なNFT作品も多く出ていますから、まずは購入してみてはどうでしょう。実際に体験することでデジタル・アートへの興味が深まり、さらに探求したいと思う人が増えてくれるとよいなと思います。
NFTの世界は、マーケットの動きがシーンを形成していく部分も大きいですから、コレクターも重要なプレーヤーのひとり。その場のカルチャーを楽しむつもりで、気軽に参加してみるのがいいと思います。