メディア・アーティスト、ルー・ヤン。その精神世界と、NFTとの緩やかな関わり方

3DCG、コンピュータ・ゲーム、モーションキャプチャーといったデジタル技術を駆使しながら、映像、インスタレーションなど多様な手法でアウトプットするメディア・アーティスト、ルー・ヤン(陸揚)。NFTアートの作品も複数発表しているが、そのすべてが外部のチームの全面協力を得て実現したものだという。作品イメージからはどこかギャップのある、民家をリノベーションした東京都内の新スタジオで、NFTとの緩やかな関わり方や、作品に投影する自身の哲学・精神世界について話を聞いた。

聞き手・文=倉田佳子 撮影=菅野恒平

──ルー・ヤンさんの作品には日本のアニメやマンガからの影響も見られますね。

 最近の作品では、あまりマンガやアニメ的な要素は取り入れていませんが、過去の作品から一貫して創作のコアにあるものは、哲学と仏教です。その周りを殻のように包み込んでいるものが、日本のポップカルチャー。もちろん『GANTZ』をはじめとする奥浩哉さんのマンガ作品や、様々なアニメからも影響を受けています。実際に日本語がちょっとしゃべれるのは、アニメを見続けたおかげなので(笑)。でも作品では、表面上に見えるものと核にあるものは、まったく異なるのです。そうした核にあるものをただたんにテキストで伝えるよりも、ポップカルチャー的なヴィジュアルのほうが人々の最初のとっかかりになりやすいと思っています。

ゲーム作品《The Great Adventure of Material World》(2020)より一場面 ©︎LUYANG 2024 

──ルー・ヤンさんの作品の核にある哲学として「生と死」のテーマがあります。普遍的なテーマでもありますが、どのような視点から表現に昇華しているのでしょうか?

 なぜだかわからないのですが、物心ついた幼少期から「生と死」に興味がありました。学生時代に発表した作品も「生と死」について取り扱っていました。誰も避けては通れないことであり、向き合わないといけないことですよね。作品ではそのテーマ以外にもたくさんコンセプトがあって、言葉で伝えるのは難しいのですが……。だからこそ作品をつくっているとも言えます。作品制作は、私にとって実験的なもので、毎日新しい仏教のアイデアを勉強していく必要があります。同時に、それは自分自身をメディテーションすることにもつながっています。作品制作が、メディテーションと「生と死」を考えることを後押ししてくれるというか。作品に込められた自分の知識の周りを取り囲む「Kawaii Shell(かわいい殻)」が人々を引きつけて、そのうち彼らがおのずと本質に導かれていくようなイメージです。それがアーティストらしい、知識の共有の仕方ではないかと思います。

ルー・ヤン 撮影=菅野恒平

──おっしゃる通り映像作品では、ヴィジュアルイメージとして様々なキャラクターが登場しながらも、膨大な量のせりふでは哲学を説いているように思います。制作に当たっては、どのようなプロセスから始まることが多いのですか?

 最近は、崖の上で瞑想することが制作のスタート地点になっています。とても変な話なので、もしかしたら信じてもらえないかもしれないのですが……。例えば日本で言えば、熱海の崖など。そこで瞑想をすると、なんというか宇宙からメッセージをもらうような感覚になるのです。作品には日々考えていることを反映しているいっぽうで、その崖で瞑想しているときは、まったく別の次元に行けるというか。ただただ誰もいない場所で、孤独を感じながら座るだけ。上海にはそうした場所がないのですが、日本には高い山や大海原など自然の静寂な場所が多くてうれしいです。座っているあいだに、どんどんアイデアやヴィジュアルイメージ、ストーリー、過去の記憶が出てくるので、家に帰ってそれらをまとめていくようなプロセスで進めています。

モーションキャプチャー映像作品《DOKU the Self》(2023) ©︎LUYANG 2024

──オリジナルキャラクターの「DOKU」など、ご自身のイメージを用いてあらゆる身体や表情へとメタモルフォーゼさせています。たんなる素材として使っているのか、どのような意図で自分自身を作品に登場させているのでしょうか?

 初めて自分の身体を作品に使ったのは、2015年に発表した《Delusional Mandala》。その時はタブー視されているトピックを扱った作品をつくりたくて。コンセプトを体現するようなキャラクターを思い浮かべたときに、まったく架空のものだとエナジーを感じないし、ほかの人にモデルになってもらうにはリスクがあるなと思いました。そこで、自分を使おうと決意したのです。私の作品の多くには、タブーなトピックが含まれていますが、その行為自体、仏教で言うところのメディテーションでもあるのです。「諸行無常」と言われるように、自身が最悪な事態に陥ることも覚悟するようなことです。例えば、自分が死んで、それが5年後にほかの動物に食われて、骨になっているかもしれないという事態をイメージすること。そうすると、あらゆる欲望がなくなります。そもそも仏教では男の神様が多いこともあり、女性への欲望を感じたときのメディテーション方法が語られています。こうした考えのもと、私も作品のなかで自分自身を殺したり、おじいさんになったり、透明人間になったりする度に、まるで自分の葬式を開いているような感覚になります。そうしたプロセスを楽しんでいるところもありますね。

《Delusional Mandala》(2015)

──ここ最近は映像作品に限らず、NFTでも作品を発表されていました。実際に発表してみていかがでしたか?

 NFTでの初の試みとして、2023年2月にデジタル作品を扱うロサンゼルスのギャラリー「Vellum LA」で、新作NFT8点とともに個展「Lu Yang Material Wonderland」を開きました。NFTは、いままで使ってきたプラットフォームとはまったく別物ですね。これまで現代美術のマーケットで作品を発表してきたのですが、NFTはまた違う巨大なアートマーケットだと思います。現代アーティストがNFTマーケットで作品発表を継続するには、まずはチームが大事だなと思いました。なぜなら、作品制作だけではなくプロモーションやオーディエンスとの密なコミュニケーションが大事だから。私は普段それほどSNSを活用しないので、ギャラリーのチームの皆さんにお任せして、全面サポートしてもらったおかげでかたちになりました。

Vellum LAで開催した個展「Lu Yang Material Wonderland」の展示風景 Photo by Ruben Diaz

──同展ではどのようなNFT作品を発表されたのでしょうか? また、ほかにどのようなプロジェクトがありましたか?

 2019年に発表した、コンピュータゲーム《The Great Adventure of Material World》内でレンダリングされたヴィデオループをベースにしたNFT作品になります。オンライン・プラットフォームのパートナーであるFeral Fileを通じて、イーサリアム・ブロックチェーンで購入できるシステムでした。

 NFTに関するプロジェクトとしては、ほかにも2021年にSBIアートオークションが開催した日本初のNFTセール「NFT in the History of Contemporary Art: a Curated Sale by Hiroki Yamamoto」に出品したり、23年にGYRE GALLERYで開催されたグループ展「超複製技術時代の芸術:NFTはアートの何を変えるのか?―分有、アウラ、超国家的権力―」にも参加しています。

 いずれも、私が主体的に動いたというよりは、私の作品がNFTに向いていると思ってくださった主催者側からお声がけを頂くというかたちで参加するに至りました。

SBIアートオークションに出品したモーションキャプチャー映像作品《DOKU Hello World》(2021)より一場面 ©︎LUYANG 2024

──アーティストがギャラリーに所属して作品制作以外の部分を任せることができるように、NFTもそういったかたちでの参入に可能性を感じますね。今後もNFTの作品を発表していきますか?

 まだ具体的な展示の予定はありませんが、アイデアはあります。ですがもし発表するとしても、おっしゃる通り、やはりプロモーションや売買面では外部の方の協力が必須ですね。とくに中国を拠点に活動していたパンデミック中に、NFTマーケットは世界的に注目され、一時期バブルなマーケットと化していました。その勢いのなか、巨額で私の作品を買いたいという人たちからたくさんお声がけを頂きましたが、正直少し怖かったのを覚えています。私は作家人生を緩やかにストレスのない範囲で前進させていきたいのです。作品の価値が急に上がっても、人々の興味次第で途端に落ちる可能性もありますよね。自分自身は、お金よりも、死ぬまで作品制作をすることに集中させてもらえたらありがたいです。

──1年前に活動拠点を東京に移し、このスタジオには今年の1月から入居されているそうですね。ご自宅兼スタジオが、ルー・ヤンさんの作品からは想像できないほどに、あまりにも穏やかなナチュラルテイストで正直びっくりしました。古い民家だったような名残が見えますが、エアコンを付けなくとも部屋が暖かいですね。

 パソコンの排熱のおかげで、エアコンを付けなくとも自然と暖まります(笑)。生まれ故郷・上海にあるスタジオも、ここの雰囲気と似ていて、とてもリラックスできる空間にしています。私にとって日常と作品の世界はまったく違うものです。作品制作は、ただただイマジネーションを膨らませて手を動かすことで十分。あとは単純に10年以上、休みなく1日の仕事に14時間以上費やすハードコアなスタイルで過ごしてきているので、せめて周りの環境だけはリラックスできるようにしたいなと思いました。CGの作品は、制作に本当に時間がかかるので。

ルー・ヤンのスタジオの一角 撮影=菅野恒平

──最近、中国人アーティストがパンデミック後に国外へと拠点を移しているようにも感じます。

 友人のアーティスト・Kim Laughtonをはじめ、パンデミック後に多くの中国人のアーティストが国外へと拠点を移しています。もう中国国内では、自由に作品制作をすることが難しいのです。拠点を移した当初は賃貸の家に住みながら、自宅兼スタジオにできるような家をたくさん探した末に見つけたここは、もともと2階建てのかなり古い家でした。リノベーションして、1階を自宅スペースにし、2階をスタジオとして使っています。とても遅い時間まで仕事をするタイプなので、生活と仕事を離れた場所に切り分けることができなくて。1日のルーティンは、起きて散歩して仕事して、疲れたらただ寝るというようなサイクルです。

──実際に日本に住んでみて、生活はどうですか?

 日本は以前から訪れていた場所でもあったので親しみがあり、海外にも行き来しやすい場所だと思っていました。とても平和で自由を感じますね。それが拠点を移すに当たって、いちばん重要な決め手でした。外部とも仕事がしやすくなりましたし。日常的なことで言えば、郵便物の受け渡しがとてもスムーズで便利ですね。

──今後の展示予定について教えてください。

 パリのフォンダシオン ルイ・ヴィトンで4月6日から9月9日まで個展を開催しています。ほかにも様々な国外の展示が決まっているので、とにかく寝る暇なしという感じですね。日本での展示はまだ決まっていないのですが、機会があればぜひ発表したいです。

ルー・ヤン 撮影=菅野恒平

編集部