イギリスの画家、ピーター・ドイグ(1959〜)は、ポール・ゴーギャン、フィンセント・ファン・ゴッホ、アンリ・マティス、エドヴァルド・ムンクといった近代画家の作品の構図やモチーフ、映画のワンシーンや広告、かつて過ごしたカナダや、トリニダード・トバゴの風景といった、多様なイメージを組み合わせた絵画を制作してきた。東京国立近代美術館の「ピーター・ドイグ展」は、その初期作から最新作までを紹介する日本初の個展だ。
ピーター・ドイグは、92年にイギリスの美術雑誌『フリーズ』で作品が取り上げられ、さらに94年にはターナー賞にノミネートされたことなどにより、ロンドンのアートシーンで一躍注目を浴びることとなった。当時は、ダミアン・ハーストに代表されるヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBAs)と称される若手の作家たちが台頭し、大型で派手なインスタレーションがアートシーンを席巻していた時代。すでに時代遅れのメディアとしてとらえられることもあった絵画に向き合いつくりあげたその作品は、新鮮なものとして享受された。
02年にドイグは、拠点をロンドンからトリニダード・トバゴの首都、ポート・オブ・スペインに映す。その移住の前後から、ドイグは海辺の風景をおもなモチーフに選ぶようになった。また、比較的厚塗りだった画面も、キャンバスの地が透けて見えるほどの薄塗りと鮮やかな色彩のコントラストにより構成されるようになる。描かれた海辺の景色とともに、デビュー当時から一貫して描かれているモチーフの「カヌー」をめぐる物語も、観客の想像力をかき立てる。
またドイグは、トリニダード・トバゴ出身の友人のアーティスト、チェ・ラブレスと、映画の上映会「スタジオフィルムクラブ」を、ポート・オブ・スペインのスタジオで定期的に開催している。誰でも無料で参加でき、上映後に作品について話し合ったり、音楽ライブへと展開するコミュニティプロジェクトだ。このプロジェクトでは、建物を共有している人々や近隣住人に上映会を周知するために、ドローイングが掲出される。鮮やかな色彩によって描かれたこれらのドローイングも、同展では多く展示される。
世界のアート・マーケットにおいても高い評価を得るドイグ。その絵筆の軌跡を存分に味わうことができる大型作品も多数展示されており、ドイグの活動の真髄に迫ることができる展覧会だ。