• HOME
  • MAGAZINE
  • REVIEW
  • 織物を解きほぐすことは、世界と向き合う新たなアプローチとなる…

織物を解きほぐすことは、世界と向き合う新たなアプローチとなるか。中尾英恵評「世界の絣」展

世界各地で行われてきた染織技法の一つである「絣」。素朴な幾何学文様から複雑で精緻な絵画文様まで、「絣」の様々な表現に着目した展覧会が開催された。染織技法から見えてくる世界各地の地域の特色と現在、そして織物が内包するものについて、小山市立車屋美術館学芸員の中尾英恵がレビューする。

文=中尾英恵

会場風景より、インドシナ地域の絣

テキスタイルもまた引用の織物である

 染織の展覧会は、技法の巧みさと織りなされる美しさを鑑賞するものだろうか。同じラテン語のtexere=織り上げる、を語源にもつテキスタイルとテクスト。瞬時に読み取ることができる言葉が織りなすテクストではなくテキスタイルを解きほぐすことは、世界と向き合う新たなアプローチとならないだろうか。

 織りあげる前に糸を染めることによって、境目がかすれた文様をつくる絣(かすり)は、古くから世界各地で行われてきた染織技法のひとつである。「世界の絣」展は、それぞれの地域の絣の特色を探ることで、豊かな絣の表現を味わうのみならず、地域の風土や生活感、美意識、また交易や文化交流といった人や社会の結びつきなど、影響を与えた様々な要因を浮かび上がらせることを意図した染織の展覧会であった。展覧会の構成としては、日本と外国に大別し、約20ヶ国の多様な絣が展示された。

 絣の起源と言われるインド、絣の宝庫と呼ばれ、島ごとに特色のある多種多様な絣が見られるインドネシア、そのほかインドシナ、ウズベキスタン、シリア、パレスチナ地域、イラン、アフリカ、ヨーロッパ、中南米と幅広い地域の絣が紹介された。通過儀礼や信仰、呪術、祈りや願いといった「目に見えない物」を生活のなかにおいて、いかに大切なものとしていたのかをうかがい知ることができる儀式用布が目立つ。

会場風景より、ウズベキスタンの絣

 日本の絣の契機には、薩摩藩の琉球王国に対する軍事侵略がある。東南アジアの国々との交易をしていた琉球では様々な染織文化が栄えていた。薩摩藩の支配によって、琉球の人々に課された貢納布制度は、琉球の人々を非常に苦しめたが、結果として染織技術を発達させた。そして、薩摩藩を経て本土にもたらされた絣は染織文化に大きな影響を与え、江戸時代後期には本州各地で様々な絣が制作されるようになった。模様を出すために、一度仮織りや糸を括る等して染める手間を要する絣が、庶民の着物や仕事着、布団に使われていたのが特徴であった。それは、布は短期間に消費される物ではなく、膨大な労力と時間をかけて、思いを託すことのできる物であったことを物語る。

会場風景より、日本の絣

 主に婚礼の嫁入り道具とされた布団には、吉祥模様や中国の『史記』や史話に由来する親の思いが現れた文様から、近代化を象徴する電柱、地域の名所や名産などが取り上げられている。そのなかで、一際目立つのが、軍艦と「世界無雙」の文字でデザインされた久留米の布団地である。日清・日露の戦争から、軍艦などの文様が流行し、戦争柄も吉祥模様に考えられた。

布団地 福岡・久留米 明治時代後期

 多くの染織の展覧会にその傾向があると思うが、この展覧会でも、「現代」がポカンと空いていた。不在の存在として現代が際立つ。過去を物語るそれぞれの絣に、どのような現代との交流を発見し得るだろうか。

 展示されていた一番新しいものは、2000年頃にスペイン・マヨルカ島で制作された「言葉の布」と呼ばれる幾何文様の室内装飾用生地であった。白地に藍色のシンプルな経絣布は、『ELLE DÉCOR』に掲載されていそうな、現代的なインテリアデザインである。手間暇のかかる絣は価格が高くならざるを得ないが、有数のリゾート地としてのブランド力と現代的なデザイン性によって、現代の社会に適合し成功しているのだろう。

室内装飾用生地 スペイン・マヨルカ島 2000年頃

 これは稀な例であって、現在、多くの絣は衰退している。ファストファッションに代表されるように、布が短い期間での消耗品となっていることが、産業革命以後の布における物の存在としての根源的な違いであり、ひいては人の生きる思考の違いの現れである。余りにも短い時間で消費される物には、思いを託す余地がない。展示されている布に織り込まれていた「目に見えないもの」がどんどん希薄になっているのは、産業資本主義の産物である。

 いま、織物という糸を織り上げたテクストから、時間をかけて多層的に歴史や過去を掘り下げる重要性は増しているだろう。時代を超えて個人的、社会的、政治的、経済的な人間の文化的背景との関係性を多元的に織り込んでいるのが日常生活の中心をなす織物ではないだろうか。そして、つくり手、使い手という個々の人を想起させる織物は、一人ひとりの体験、記憶、身体による歴史があることを呼び起こし、大文字の歴史では不可視になりやすい個の存在が現前化する。また、「史実」より「記憶」によって過去を語ろうとする、近年の歴史叙述の変化において、集合的「記憶」と個人的「記憶」を内包する織物は、多元的でトランスナショナルな「記憶の場」となり得るだろう。

 国ごとに分けられた絣を通して見えてくるのは、国境のように明確に引かれた線ではなく、絣のように不明瞭な線であり、グラデーションをなす世界であった。

編集部

Exhibition Ranking

束芋 そのあと

2024.10.04 - 11.15
ギャラリー小柳
丸の内 - 銀座|東京