なぜShinwa Wise Holdingsはアートの「メディア」を目指すのか。イ・ギソンの個展に込められた思いとは

アートオークションをはじめ、美術品やワインといった⾼額品の流通にかかる事業を行う企業グループ・Shinwa Wise Holdings株式会社が自社ギャラリーで開催したイ・ギソンの個展。なぜ同社はイ・ギソンを選び、その価値を発信しようとしているのか。展覧会の様子をレポートするとともに、代表取締役・倉田陽一郎に話を聞いた。

文・写真=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

イ・ギソン展「Lee Giseong Deep Inner Umber」展示風景より

イ・ギソンの魅力にひたれた個展

 アートオークションをはじめ、美術品やワインといった⾼額品の流通にかかる事業を行う企業グループ・Shinwa Wise Holdings株式会社が、東京・銀座の⾃社ギャラリーにてイ・ギソン展「Lee Giseong Deep Inner Umber」(11⽉1⽇〜11⽉10⽇)を開催した。

イ・ギソン展「Lee Giseong Deep Inner Umber」展示風景より

 イ・ギソンは1959年韓国生まれ。武蔵野美術大学大学院修了後、韓国啓明⼤学美術⼤学絵画科を卒業した。ソウルやテグの美術館やギャラリーで個展を開催し、その作品は韓国国⽴現代美術館美術銀⾏、駐⽇韓国⼤使館などに収蔵されている。

イ・ギソン展「Lee Giseong Deep Inner Umber」展示風景より

 今回開催された展覧会で会場に並んでいたのは、イ・ギソンのライフワークでもある「Kalpa」シリーズの作品群だ。「Kalpa(カルパ/劫)」はイ・ギソンの哲学において「宇宙が始まり、進⾏し、破壊され、無になる周期」を意味するといい、「カルマ/業」とはまた異なる概念だという。

イ・ギソン展「Lee Giseong Deep Inner Umber」展示風景より

 本シリーズでイは、バランスを保っていた調和がやがてすれ違い、最後には消えてしまう過程を表現しているという。キャンバス上で展開されるのは、鉄粉を混ぜた⾚褐⾊の絵具であり、このメディウムは時間とともに錆びていくことで、死に向かっていくこと表している。

イ・ギソン展「Lee Giseong Deep Inner Umber」展示風景より

 キャンバスの上に厚く重ねられたメディウムの躍動感が目を引くが、その姿はいまこの瞬間にしか存在しない。時間を経て錆びることにより、その表情はつねに変化しており、その過程もまた作品の一部なのだ。

イ・ギソン展「Lee Giseong Deep Inner Umber」展示風景より

なぜいま、イ・ギソン展なのか

 なぜ、いまイ・ギソンという作家を自社のギャラリーで個展として取り上げたのか。Shinwa Wise Holdingsの代表取締役・倉田陽一郎に聞いた。倉田はまず、なぜ自社のギャラリーで作家の個展をやるのかについて、次のように語った。

 「弊社は日本においてオークション事業を約30年間にわたって続け、多くの日本人アーティストの作品の価値づけと文脈化に携わってきました。そして、10年ほど前からは、我々が携わってきた日本のアートの文脈を、いかに社会に向けて発信できるかということを考えています。例えば近年の高額落札作品ですと、山口長男や斎藤義重といった日本の抽象絵画の歴史において重要な役割を果たした作品がありますし、欧米のアートマーケットからも高く評価はされていますが、日本のなかで地道にオークションをやってきた人間としては、同じようなポテンシャルを持つ作家をもっと発信していきたいんです」。

倉田陽一郎

 オークションハウスとして作品の売買の場をつくるだけでなく、メディアとして扱われるアートの価値を発信していきたいと語る倉田。その文脈において、今回の個展の作家として選んだのがイ・ギソンだという。

 「僕自身もコレクターとして、多くの作品を購入してきましたが、目を向けたいのはやはり日本をはじめとした東アジアの抽象絵画です。具体美術協会、もの派、韓国の『単色画(ダンセッファ)』などは、マーケットで高く評価されるようになりましたが、そこには同じ文化圏で育まれた共通項が見える。こうした土壌があるなか、日本の大学で学び、具体やもの派の影響も見て取れる韓国人作家のイ・ギソンは、なんとしても紹介しなければいけなかった。アジアの抽象画の文脈において、より高く評価されていくアーティストだと確信しています」。

イ・ギソン展「Lee Giseong Deep Inner Umber」展示風景より

Shinwa Wise Holdingsが目指すもの

 今後も、こうしたアーティストを積極的に紹介し、世界に向けて発信していきたいという倉田。今後はどのような展開を予定しているのか。

 「多くの人が感じているように、ここ数年、日本のアートマーケットは若いコレクターの参入などで非常に盛り上がってきました。いっぽうで、消費されて消えていってしまうであろう作家も、たくさんいることは事実です。だからこそ、50年後、100年後にも価値が引き継がれる作家を紹介したい。例えば、わが社はNFTなどデジタルアートに特化したアートフェア『Digital Art Week Asia 2023』を開催しています。NFTアートは昨今非常に盛り上がりを見せ、多くの企業が参戦しましたが、なかなかすぐに利益になるものではないと思います。でも、これを辛抱強く続け、紹介し続けることが新しい価値を生み出していく。だから長期的な目線に立って継続したいと考えています。日本画だって、まだまだ価値づけられていない作品がたくさんある。今後も自社ギャラリーでの展覧会をはじめ、まだまだ埋もれている日本のアートの持つ潜在的な価値を引き出し、広く発信していければと思います」。

「Digital Art Week Asia 2023」メインビジュアル

 イ・ギソンの個展に込められた、日本の美術に地道に向き合い、その価値を高めていきたいという強い思い。今後も、Shinwa Wise Holdingsの試みから目が離せない。

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